金子敦「野遊びやイーハトーブへ続く道」(『ポケットの底』)・・

 

 金子敦第7句集『ポケットの底』(ふらんす堂)、著者「あとがき」に、


  僕は、九十四歳の父との二人暮らしである。父が元気なうちに、もう一冊句集を出しておきたいと思った。もちろん、父がこれからも元気で長生きしますように!という祈りをこめて。

 そして、僕はパニック障害という病気を患っている。いちも得体の知れない何かに怯えつつ生きている。(中略)

 もしかしたら、僕は自分自身の心を癒すために、俳句を詠み続けているのかもしれない。俳句には、「心を癒す」という大きなパワーがあるような気がするのだ。


 とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。


  太筆と同じ重さの破魔矢かな        敦

  水底に沈みたるまま浮いてこい

  水平になれぬシーソー鳥雲に

  水筒のちやぷんちやぷんと青き踏む

  苗札の裏にも何か書かれあり

  紙魚の這ふ画数多き旧字体

  猫の尾に色なき風の絡まりぬ

  チェシャ猫の前歯ずらりと秋の闇

  振り向けば枯野が広くなつてゐる

  涅槃図に透明な猫駆け回る

  菜の花や戸板に舟の時刻表

  蚊を打つて生命線に血の滲む

  大花野どこにも出口なかりけり

  小箱てふ異界へ戻る雛かな

  白玉のどれもが少しいびつ

  五色豆の箱の六角七五三

  待春や赤き鯛抱く招き猫


 金子敦(かねこ・あつし) 1959年、横浜市生まれ。  



 ★閑話休題・・「特別展・没後10年 作家 車谷長吉展」(於:姫路文学館北館 ~6月22日(日)まで)・・

 「特別展 没後10年 作家 車谷長吉展(於:姫路文学館北館) ~6月22日(日)まで)。案内のリーフレットに、


 平成の世に現れ、「最後の私小説作家」と呼ばれた姫路出身の直木賞作家・車谷長吉。その死からはや十年の時が経ちました。一語一語にこだわり抜いた鬼気迫る無二の文学世界は、今も多くのファンの心を揺さぶり続けています。(中略)

 このほど、妻で詩人の高橋順子さんより、東京都文京区の終の住処「蟲息(ちゅうそく)山房」に作家が残した遺品が当館に一括寄贈されることとなりました。遺愛の品々に加え、蔵書は約千冊、ノートやメモ、原稿類は約五百点、書簡類は約二百点にのぼります。

 本展では、これらの膨大な資料により、生真面目でわがままで臆病で虚栄心ばかり強かった「車谷嘉彦」という少年が、いかに反時代的精神を背負った文士・車谷長吉として屹立していったのかをひもときます。(中略)虚実が恐ろしいほどに巧みにからみあった禁断の「車谷ワールド」をどうぞ存分にお楽しみください。


とあった。

 車谷長吉(くるまたに・ちょうきつ) 1945年、飾磨下野田(現在の姫路市飾磨区)生まれ。2015年5月17日、誤嚥による窒息で急逝。69歳。 



       撮影・鈴木純一「恐ろしき常世の人よ美しく」↑

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