新谷壮夫「鞍部(コル)に来て迷ふ進退日雷」(『翠嵐』)・・

  新谷壮夫第二句集『翠嵐』(俳句アトラス)、帯文は柴田多鶴子。それには、


  夏草の繁りかき分けはせを句碑

  火の入るる封人の家そぞろ寒

 新谷さんは趣味多彩で俳句はもちろんのこと、弓道・登山・旅行などエネルギッシュに行動されています。中でも奥の細道をたどった数々は圧巻です。第一句集から六年間の充実の第二句集です。


 とあり、著者「あとがき」には、


(前略)この間の作句活動を振り返ってみると、「停滞とその打破に懸命にもがいてききた年月」と言えます。少し光が見えそうに思えてきたのが、令和六年から本格的に実施した「奥の細道を訪ねる旅」がきっかけです。毎月二、三日ずつ芭蕉が歩き、書き記した現場を訪ね色々と想像をめぐらす愉しい日々でした。(中略)「翠嵐」にはその字義として「みどりに映えた山の気。山にかかる薄青の水蒸気」とあります。これはそのような清々しい句を詠んでいきたいとの願いをこめて句集名といたしました。


 とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。


  海神の登るてふ磴星月夜           壮夫

  甲矢乙矢(はやおとや)ともに的中弓始め

  もつと高く柊挿せと妣のこゑ

  祝はれてさうか傘寿か四温晴

  アンデスの夕日は大き蕃茄熟る

  踊り子に手を取られゐて抜けられず

  加茂川と名を替へ北は時雨けり

  勇魚なる佳き名熊野の海に生れ

  恋の首尾読ませぬ猫の澄まし顔

  人は嘆き獣は仰ぐ寝釈迦かな

  飛魚とんで南溟の空明けゆけり

  左手に託す平和や長崎忌

  この先は標なき海燕去ぬ


 新谷壮夫(しんたに・ますお) 1941(昭和16年) 兵庫県生まれ。  


★閑話休題・・杉本青三郎「考える人から戻れない日永」(第68回「ことごとく句会」)・・ 


 昨日、4月19日(土)は、第68回「ことごと句会」(於:ルノアール新宿区役所横店)だった。兼題は「人」。以下に一人一句を挙げておこう。


  はじまりの白おわかれの白辛夷        林ひとみ

  遠国の冬を吸い込み春を吐く         金田一剛

  蜃気楼手垢のついた言回し         杉本青三郎

  あいさつだけの二人の暮らし桜咲く      石原友夫

  漢文の授業は午後や目借時          村上直樹

  出来立ての酸素寿ぐ春の風          江良純雄

  老いてなほ品定めする夏蜜柑         杦森松一

  やればすべてうまくいきそな春となり     渡辺信子

  帰る鳥帰して花よ花よ咲け          武藤 幹

  裏山はどこも裏山春の山           渡邉樹音

  水体の露骨に響くふるさとよ         照井三余

  人人(ひとひと)の沸く日はやはや咲けさくら 大井恒行 


 ちなみに、愚生の特選は、


  身土不二まんずまず食(ケ)や蕗の薹     金田一剛  


 であった。


       撮影・芽夢野うのき「葉桜の明るし昏し定住す」↑

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