夏石番矢「空飛ぶ法王何度も何度も砂を嚙む」(『俳句は地球を駆けめぐる』より)・・


  夏石番矢著『俳句は地球を駆けめぐる』(紅書房)、帯には、先ず背に「世界俳句の騎手による国境を越えた熱い句の交感」あり、表1帯には、


 今や地球上で共通の詩型である「俳句(HAIKU)」、

 各国の人々が母国語の粋を駆使して詠いあげる〈世界俳句〉の実例の数々。

 世界の作家たちとの感性の交流にも心おどる、待望の書。

 世界俳句のさらなる可能性を追い求め、番矢(バンヤ)の空行く旅は終らない。


 とある。本書は3章「Ⅰ講演 二〇〇四~二〇二一/地球を駆けめぐる俳句」、「Ⅱ 評論・エッセイ 二〇〇四~二〇二三/言語・国境・ジャンルを超える視座」、「Ⅲ エッセイ 二〇一六~二〇一七/世界俳句紀行・十五か国の俳句事情」からなる。このブログでは、到底、多くを触れることが出来ないので、是非、直接本書にあたられたい。冒頭の「世界俳句のために」には、


世界俳句」ということばは、平和であると同時に痛ましい。「世界俳句」は、「世界平和」を思い出させるから、平和であり、もう一方で、「世界大戦」を思いだ出せるから、痛ましい。「世界」と「俳句」のあいだには、普通ではない関係があると言わねばならない。(中略)

   空飛ぶ法王 戦火は跳ねる蚤か

   空飛ぶ法王何度も何度も砂を嚙む 「空飛ぶ法王4」(「吟遊」第一八号、日本、二〇〇三年)

 ある日、私の夢で「空飛ぶ法王」ということばを、私自身がつぶやいた。それから「空飛ぶ法王」がなにを意味するのかわからずに、「空飛ぶ法王」俳句創作を始めた。「空飛ぶ法王」のイメージは、かなり明瞭だが、キリスト教を茶化したものでしかないかもしれない。

 この俳句連作を続けているうちに、とうとう次のことが理解できるようになった。「空飛ぶ法王」という移動する視点から、地球上に起きうるすべての出来事が観察できる。限定されていない、移動する、想像上の視点を、今世紀、私たちは獲得した。

 それゆえに、世界俳句は前途有望である。もしも、それぞれの国の俳人が、私たちの新世紀にふさわしい、真に詩的な方法を、見つけるのならば。


 そして、「あとがき」の中には、


 俳句は世界共通の短詩となり、いかなる言語でも可能で、詩のエッセンスであるとの確信はますますかたまりつつある。二十代から、新しい俳句の作り方の開拓に句集ごとに挑戦して、それなりの成果を上げたと自負しているし、その成果は翻訳されて海外で評価されている。(中略)

 しかし、大変動期に劣化してゆく日本社会に生きて、周囲がどうあれ、詩のエッセンスとして自らの認識、感慨、印象、幻想を日々俳句として生み出してゆく行為は、決して無駄ではない。

 ここに収録したニ〇〇

  鳥の囀りのトンネルに

  封印が開かれる      トマス・トランストロメール(スウェーデン)


  大胆な詩人

  原初の光の

  影を読み解く       カジミーロ・ド・ブリトー(ポルトガル)


  ワイヤーに洗濯物

  風に躍る

  黒人が髪振り乱す!   ラウル・エナオ(ニュージーランド)


  チャモン鳥の/黒い翼の下で昼と夜/かくれんぼ 

                  ディエンテ・デ・レオン(コロンビア)

  冷たい月/霊園に/戦友の整列   リ・ビエン・ザオ(ベトナム)

  痛み/そのなかに/無限     アレクサンドラ・イヴォイロワ(ブルガリア)

  

  夜の大河の上

  町がシルエットとなる

  青い交響曲          ポール=ルイ・クーシュー(フランス)


  戦火

  廃墟

  太陽光           エドワード・ティック(アメリカ) 


  爆発音

  ガラス窓にテープのX

  空を分割          ゾラン・ドデロヴィッチ(スロヴェニア)


  青空/だけが限界のない/生命   レオンス・ブリエディス(ラトヴィア)

  孤島に/果実生えず/恋生まれる   スイェー(内モンゴル) 

  駅は軍港 セーラー服の夕暮れ色  アンドレアス・プライス(ドイツ)

  まっすぐまがっている國がある   野谷真治(日本)

  完璧な丸などなくて日が沈む    鎌倉佐弓(日本)

  猫にさそわれ雲から雲へ飛ぶ父よ  夏石番矢(日本)

  「アメリカが何だ!」氷雨に歌ふ義足兵  秋元潔(日本)

  魚なき湖/ボートも/主もなし   ウルジン・フレルバータル(モンゴル)

  灰色の小鳥/歌い続ける/血に真昼の太陽  サントシュ・クマール(インド)

  

 夏石番矢(なついし・ばんや) 1955年、兵庫県生まれ。


 

    撮影・中西ひろ美「明けましてこちらは雪が降りました」↑

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