藺草慶子「水渡り来し一蝶や冬隣」(『雪日』)・・


 藺草慶子第5句集『雪日』(ふらんす堂)、その「あとがき」に、


(前略)本句集では、Ⅱ章に岩手県沢内での作品をまとめた。この章の句の制作年は前句集の作品を作った時期とも重なる。豪雪地帯である岩手県西和賀町沢内を初めて訪れたのは二十代の夏、碧祥寺に残されたこの地の民俗的な資料に降れ、その風土に激しく心を揺さぶられた。その後、斎藤夏風先生が紹介してくださったのが現地の俳人小林輝子さんだった。輝子さんのご主人は木地師。こけし工房の斜向かいには湯田またぎの頭領(しかり)が住んでいた。失われようとしている風土の姿を、少しでも書き残せれば嬉しい。(中略)

 私も大自然の循環の中に生きる全てのものへの祈りの心をもって作句していきたい。


 とあった。ともあれ、集中より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。


  狐火の映りし鏡持ち歩く           慶子

  花粉なほこぼるる菊を焚きにけり

  雪五尺こけし挽く灯をともしけり

  えぐ来たな何もねえども雪ばしだ

       雪ばしだ=雪でも見てくれ

  青立ちの稲穂に山雨しぶきけり

  廻し呑むコップの生き血熊腑分

  まだ粒のふれあはずして青葡萄

  金魚田と云ふはさざめきやまぬ水

  この町に橋の記憶や震災忌

  母の杖父の吸ひ飲み冬夕焼

  挽歌みな生者のために海へ雪

  閉まらざる木戸そのままに春隣

  なきがらの目尻の涙明易し

    黒田杏子先生の急逝を悼む

  かく急ぎたまひし今年の花も見ず

    母は

  大病のあとの長生き草の花

  

 藺草慶子(いぐさ・けいこ) 1959年、東京都生まれ。



     撮影・芽夢野うのき「激しきは冬の花火のとおき音かも」↑

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