董振華「まだ濡れている空を割る夏つばめ」(『静涵』)・・


 董振華日中対訳句集『静涵(せいかん)』(ふらんす堂)、帯文は長谷川櫂、それには、


   黄河秋聲その漣のその延々

  中国の豪胆と日本の繊細。董振華の俳句はその幸福な結婚である。


とある。序は。黒田杏子「藍生」2020年10月号の「選句と鑑賞」から採録されている。


   おほかみの咆哮ののちいくさ無し

 董振華さんのこのこの句が「藍生」三十周年の巻頭句であえうことに、よろこびと同時に深い感慨を覚えます。董振華さんは兜太先生の秘蔵っ子とも言うべき北京出身の俳人。兜太先生の中国の旅のすべてに同行、先生と金子皆子夫人の信頼を一身に受けてこられました。この句は兜太先生追悼ともうけとれます。(中略)「董振華をよろしく。彼には才能があるし、人間的に信頼できる」と兜太先生は私に向かって何度も繰り返されました。


 とあった。そして、跋文は、懇切なる安西篤「日中文化交流の架け橋として」には、


(前略)日中の瓶か交流には、古い歴史的経緯がある。国家関係は必ずしも順調な経緯を辿ってきたわけではないが、文化交流は絶えることなく続いて来た。董さんはその絆を結ぶ貴重な礎石となっている。日中バイリンガルの文化人として活躍出来る人材はそうざらにはいない。


 ともある。また、著者「あとがき」の中には、


 (前略)兜太師に序文と句集名の揮毫を頂いた時、「君にとって俳句は聊か楽しいものだと思って書けばよい。将来、自分の句会を持った時に、句会名または雑誌名として使っても良い」とおっしゃって、「聊楽」(いささかな楽しみの意)の二文字を頂きました。また、動揺する私の気持ちを見透かしたようで、「俳句は書きたい時書けば良い。無理に書く必要もないし、急ぎ必要もない。しばらく休んで、充分気持ちを潤してから、再開すればよい」ともおっしゃって、俳句を再開するときに使えるような題字も書いて下さいました。それが今回の句集名「静涵」(心を落ち着かせて学問を修め、品性を養う意)です。大変有難い師の心遣いでした。

 また、今回の句集もこれまで同様、中国の方々にも読んで頂きたいため、句の後ろに中国語訳を付けました。


 とあった。ともあれ、本集より、日本語のみの作になるが、いくつかの句を挙げておきたい。


  眼裏に余震のゆらぎ冬一語          振華

  麦を踏む軽さよ無印良品(むじ)のスニーカー 

  俳諧有情真夏の月にひっかかる

  オンライン乾杯の声カナカナカナ

  病む惑星(ほし)に暗度加わり神の留守

  牧笛悠々春の斜陽を問うごとく

    杭州にて

  詩に溜まる西湖の春の雨と客

  自由求む冬の町どこも怒吼あふれ

  啓蟄や地球のどこか欠けている

  空蝉や生きるは死ぬに寄りかかる

  只管打坐漸入佳境山紅葉

    杏子先生一周忌

  念深し彼岸も春の東雲に

  

 董振華(とう・しんか) 1972年、中国北京生まれ。


★閑話休題・・董振華聞き手・編著『語りたい龍太 伝えたい龍太―—20人の証言』(コールサック社・2500円+税)・・


 董振華つながりである。帯に、「失われた『龍太的なもの』/それを探る20人の証言/長谷川櫂」とある。その20人の語り手とは、黒田杏子・井口時男・宇多喜代子・坂口昌弘・太田かほり・宮坂静生・髙柳克弘・若井新一・筑紫磐井・星野高士・横澤放川・橋本榮治・廣瀬悦哉・清水青風・保坂敏子・滝澤和治・舘野豊・井上康明・飯田秀實・長谷川櫂。

 董振華による各人へのインタビューと各人の飯田龍太20句選、各人の略年譜が付されている。監修者として、橋本榮治・筑紫磐井・井上康明。



    撮影・中西ひろ美「ひいらぎの棘あり棘なし若葉かな」↑

コメント

このブログの人気の投稿

田中裕明「雪舟は多く残らず秋蛍」(『田中裕明の百句』より)・・

救仁郷由美子「遠逝を生きて今此処大花野」(「豈」66号より)・・

小川双々子「風や えりえり らま さばくたに 菫」(『小川双々子100句』より)・・