宇多喜代子「ガラス器のガラスのようにさくらんぼ」(『雨の日』)・・・


 宇多喜代子第9句集『雨の日』(角川書店)、その帯に、 


 ひとつぶの雨はひとすじに結ばれて、

 やがておおきな水のかたまりとなる。

 「やまはおおきな水のかたまり」祖母から教えられた言葉は、

 自然観と生活信条の礎となった。

 雨や風や太陽や水、なにより清新な森の匂い―ー。

 身辺のものは、みな愛おしく。

 当たり前のことを当たり前に詠めるようになった。

 俳句には、退屈がない。


 と記されている。また、「あとがき」には、


 句集『森へ』から五年が過ぎましたが、不覚にも体調を崩してしまい、存分な心身で句作に向かうことがむつかしくなりました。それでも好きな俳句があることで日々を楽しく、滅入ることもなく過ごせたことは、まことに有難く嬉しいことでした。


 とあった。少しでも健やかに過ごしていただきたいと思う。思えば、坪内稔典らの「現代俳句」(ぬ書房・南方社)を共にして以来、40年以上を愚生らの姉貴分としておられて

る。

 若き日、ご自宅に、仁平勝とともに泊めていただいたこともある。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。


  この世ならではの相聞雪明かり        喜代子

  夜明かしの双耳に届く春嵐

  この雨が阿部完市の春の雨

  よかったようなそうでなかったような春

  神として湧きたる水も凍りたる

  前に若葉うしろに青葉の他郷かな

    江成常夫写真集

  これは誰この襤褸はなに夕焼中

  水に水を重ねて曲る夏の川

  八月の火に死んで火に葬られ

  良夜楽し老いも楽しとこれは嘘

  よき友のよき一言や新豆腐

  初明り老いには老いのこころざし

  寒習佐藤鬼房全句集

  余命とは明日明後日の春の風

  戦よあるなこの冬雲の果ての果

  亡き人らみな戻り来よ白障子

  

 宇多喜代子(うだ・きよこ) 1935年、山口県徳山市(現周南市)生まれ。



 ★閑話休題・・志鎌猛展「観賞―—雪月花」(於:日本橋髙島屋本館6F・美術画廊X)~7月29日(月)まで・・





志鎌猛氏↑

 リーフレットには、「志鎌氏は2008年より、デジタル全盛の現代とは対極にある、プラチナ バラジウムプリントに取り組んでいる写真家です。19世紀後半にイギリスで発明されたこの古典的技法と、日本の伝統的な手漉き和紙・雁皮紙を用いて自作した印画紙を使うことによって、微妙な諧調の繊細で美しいモノクローム作品を生み出します。(中略)

志鎌氏は国内よりも海外での発表が多く,近年では世界最大の写真フェア、パリ・フォトにも出品し、国際的にも高い評価を得ています。(中略)本展では特別にサンティアゴ美術館名誉館長のデボラクロチコ氏をゲスト。キュレーターに迎え、志鎌作品の魅力を更に引き出します。この機会に是非ご覧ください」とあった。

 愚生は、じつに久しぶりに、志鎌猛・松崎由紀子夫妻とお会いした。志鎌氏は、13時以降は、16日(火)と23日(火)を除き、13時より在廊されている、という。 

  志鎌猛(しかま・たけし) 1948年、東京生まれ。



         撮影・鈴木純一「流氷や伝言板に頭文字」↑

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