近恵「行く春の腸にわたしの日和見菌」(「つぐみ」No.216 2024・4月号)・・
「つぐみ」No.216/2024・4月月号(俳句集団つぐみ)、「俳句交流」は近恵。俳句評論に外山一機「沖縄の俳句ーその一断面」、俳句随想(5)に藤村望洋「五七調の起源~リズム論事始・俳句のは~(後編)」、「『つぐみ』鑑賞(2月号より)」は打田峨者ん。その丁寧な鑑賞の一例を挙げておくと、
ゆめのあと観音開きの はるの海 田尻睦子
層をなす海坂の紺青の諧調。季(とき)は「はる」――語根に“張る“を含んで、春。そば脱水平線に対してひとすじの垂線が引かれ、音もなく巨大な厨子か仏壇のように春の海が展(ひら)かれる―—。「ゆめのあと」の上五からして、今この時は“うつつ“で…。開かれた春の海の向こうには何が?―—
後顧の憂いなく“未来“と応じ得た時代は夙(つと)に去り、一面の余白を前に御先真っ白の、無影の不安に輝く、生きがいしか在り得ない昨今へのブルーグレイ・スケールの頌句。
とある。ともあれ、本誌中より、いくつかのい句を挙げておこう。
春の月にはつながらぬ糸電話 近 恵
トットっと子が先を行く牡丹の芽 楽 樹
春潮や立証できぬ死者の声 髙橋透水
不キゲンナ カガミ ダ 巨大ナ 白蛇 田尻睦子
きさらぎの気のいい今朝のゆでたまご つはこ江津
春にはぐれてもう笑わない母よ 夏目るんり
春の雲しばし爆音飲み込める 西野洋司
万博のトイレ被災地の寒トイレ ののいさむ
カラタネオガタマ呪文のようなひとり言 蓮沼明子
俺のつぼみも風の木もなかま 平田 薫
これがその二度目の雪や濱の隅 八田堀京
春は海に突きでるテラスかな 渡辺テル
すこんぶが散らばつてゐる春の地震(ない) わたなべ柊
繋がれし管(チューブ)の先の春一番 有田莉多
なにくれとしてなにもなく三月尽 井上広美
日矢にも堪え古(ふ)るや野守の純白旗 打田峨者ん
白い椅子白いテーブル山笑う 鬼形瑞枝
海風よジュラの風をつれてこい 金成彰子
撮影・芽夢野うのき「鏡花水月水は花月は花なり」↑
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