塩野谷仁「夏近しどの木も瘤を喬くして」(『塩野谷仁俳句集成』)・・
『塩野谷仁俳句集成』(東京四季出版)、その「あとがき」に、
昭和三十七年(一九六二年)、「海程」創刊とともに金子兜太に師事して以来六十年余、その間、平成十一年(一九九九年)には多くの仲間とともに「遊牧」を創刊・代表として俳句の道に勤しんできた。大した足取りではないかもしれないが、私なりに精一杯務めてきた思いはある。だが、宿痾・加齢とともにその足取りは鈍くなってきた。八十路半ば、この『俳句集成』を思い立った理由でもある。
とあり、また、未刊句集として「心景集」が収められている。その「あとがき」には、
(前略)、また、ふらんす堂の『塩野谷仁句集)に収めた「『夢祝』以後」の五十句は、作品が当時期と重なるが、当該部分は「夢祝以後」として、独立した章として組み込むこととした。
句集名は私たちの俳誌「遊牧」にて、作品発表の際、長年使用してきた題名「心景集」をそのまま取り込んだ。私の作品の多くが、善かれ悪しかれあくまでも「心の景」であり、その限りではお気に入りのものであった。
とある。ともあれ、以下に、愚生好みに偏するが、未刊だった「心景集」から、いくつかの句を挙げておきたい。
かろからぬ一病十年実千両 仁
柊が咲くから星がまた落ちそう
悼 矢田わかな
冬ざれを握手なく人遠ざかる
十月のきれいな雨を教えに行く
兜太より紀音夫に近くマフラー巻く
つぎつぎ蒲公英つぎつぎ擦り傷
道どれも海にて果つる星祭
どこをどう曲りても木々だけの秋
薄氷はこころの象(かたち)して昏れる
揺れやすし螢袋も次の世も
生き延びてところどころを草蝨
仮の世の仮の嚏をして晩年
塩野谷仁(しおのや・じん) 1939年、栃木県芳賀郡山前村(現真岡市)生まれ。
撮影・鈴木純一「ゆく春や悪しをよろしく替えモップ」↑
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