小倉紫「来し方の円錐百号春や春」(「円錐」第100号)・・」
「円錐」第100号(発行所・山田耕司方)、前号は澤好摩追悼号、第100号の本号もまた、澤好摩追悼の趣である。 とはいえ、2003年生まれの吉冨快斗の新同人参加とあり、作品は一句すべて13文字で揃えられているから、先般、本ブログで紹介した斎藤信義と同じ方法、13文字俳句である(句の趣向は全く違うが・・・)。本100号記念で各同人すべてが特別作品、下段には略歴風の文も配されている。特別寄稿に福田若之「タルコフスキー『映像のポエジア』における発句」。ここでは、今泉康弘「『詩学の歳時記』予告編―—あるいは夏井いつきへの疑問」から、少しだが、引用紹介したい。
(前略)だが,奈良・平安の資料の中に、本意の成立する根拠として、朝顔の咲く「盛り」の時期が立秋を過ぎるからだとする資料は存在しない。何故なら、植物としての朝顔の実態と、秋の季語であることとは関係が無いからだ。(中略)
重視されてきたのは植物としての実態ではなく、「朝顔」という名の秋の花の無常を象徴するという観念だった。
正岡子規の「写生」提唱により、俳諧は近代俳句となった。「写生」によって古典文学の伝統から切断されたのだ。ところが、高濱虚子は「花鳥諷詠」の理念を掲げ、さらに、新興俳句に対抗して「ホトトギス」を伝統だと偽装した。(中略)この偽装としての「伝統」を戦後の俳句ジャーナリズムが受け継ぎ、広めてゆく。即ち、現在のいわゆる「伝統派」の俳句が実は近代文学であるにも関わらず、それを隠蔽して、古来の日本文学の伝統を受け継いだものだと偽装した。この偽れる「伝統」が二十世紀の俳壇を支配した。現俳壇の保守思想はその「伝統」観を支持する。だから、朝顔の季の誤解は俳壇の大多数の問題だと言えよう。以上のような近現代俳句の保守思想における欺瞞を暴くべく、歳時記のあり方を分析する―—これはぼくのライフワークだ。
とあった。ともあれ、本誌より、いくつかも句を挙げておこう。
振り返さなとも冬の芒たち 赤羽根めぐみ
何もかもこはれしまふ夢の秋 荒井みづえ
乗車位置を離れて寒雲の下に 今泉康弘
螢草会ひたき人に会へて往く 小倉 紫
雁のあなたに会って別れたい 来栖啓斗
さういへば子供らの来ぬ落葉焚き 後藤秀治
地下鉄の下を地下鉄月の雨 小林幹彦
寒晴や愛蔵愛読『日々未来』 摂氏華氏
良寛忌風てふ文字の風を呼ぶ 田中位和子
人がひと殺め続ける水仙花 立木 司
巨滝へ嫁ぐ零時の星の数 原田こと子
蛇穴に入るとき風の乾く音 福田潤子
乱れ萩括らるるまま花こぼす 丸喜久枝
プーチンを悩殺しなさい雪女 味元昭次
なんせ烈風師走の旗を打ち叩き 矢上新八
麦踏みのだれもが母やうつむけり 山田耕司
うす雲のうすくを重ね冬に入る 大和まな
寝る前の瞑想動画勤労感謝の日 山本雅子
好摩(かうま)
登仙(とうせん)
硯(すずり)の海(うみ)に
涼風(すずかぜ)立(た)て 横山康夫
をんなのみ肌を失なふ冬の星 吉冨快斗
解体の橋にグッドバイ着ぶくれて 和久井幹雄
撮影・鈴木純一「深く吸ふ梅が一輪ひらくたび」↑
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