九里順子「自販機の三台並びどれも春燈」(『日々』)・・
九里順子第3句集『日々』(鬣の会・風の花冠文庫)、表3カバー裏に、堀込学は、
銭湯・口笛・相撲・夏休み……。九里順子の俳句はどこまでも懐かしいが、昭和レトロや懐古趣味ではない。俳句作法に抗わず端正に作られた句は、記憶と実存が拮抗した少女世界である。その少女は今も九里とともに現在の「日々」を詠む。仙台から大野へ。暮らしの機微が綴られた句集『日々』は、孤愁という言葉こそ相応しい。
と記している。また、著者「後書き」には、
二〇二二年三月に三十年勤めた仙台の大学を退職し、福井県大野市の実家に戻った。二年近く経ち、郷里の生活のペースとリズムも掴んできた。
環境は大きく変わったが、その底流を流れる変わらないものに気づいた。一日一日を重ねて生きていくということである。(中略)
第三句集『日々』は、仙台から大野に至る日々の中で心に留まったものを詠んでいる。お読みいただいて、繋がりと起伏を感じ取ってくださったなら、嬉しい。この国も世界も前のめりに突き進み、行き詰り、予断を許さぬ状況の中にあるが、「日々是好日」を心に生きていきた。
とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。
日蔭には日蔭の色で赤のまま 順子
遅き日の突き出してゐる棹二本
藤富保男
菫野の土管を覗くゴリラかな
黒々と消える山から水の女
葉桜の後ろにまはる夕日かな
菊よりも虹に心を奪はれる
窓側も燈し頃なり秋彼岸
草の香と水の香溶ける夜の秋
もの言はずもの言へぬ国黄落す
風抜ける町家の奥の昼蛙
皮膚よりも本の頁に秋の風
風鈴の今日も夜通し鳴りさうな
九里順子(くのり・じゅんこ) 1962年、福井県大野市生まれ。
★閑話休題・・上田玄「あめつちや/まだらに/生きて/さらばさらば」(「鬣 TATEGAMI」第90号」より)・・
「鬣 TATEGAMI」第90号(鬣の会)の記事中のひとつは、「追悼 上田玄」だ。執筆は外山一機「書き続けた人」と林桂「追悼・上田玄」である。上田玄は昨年12月30日に亡くなった。享年77。愚生にとっても無念である。その昔、句集『鮟鱇口碑』の「鮟鱇・アンコ」は、日雇い労働者のことだ、と書いたことがある。本誌90号の掲載作が絶筆かも知れないという。その作品8句の献辞は「ベトナムの米兵たちは、神経のいかれた兵士を『奴は南へ行っちまった』と呼んでいた」とある。
刺青(タトゥー)あり
呑まれてしまえ
泥の河 上田 玄
穴
穴
穴
もう堕ちた
けして
開けぬ
拳となり
口となり
鈴木純一「新宿へゴジラがゴジラであるために」↑
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