高橋睦郎「笛といふ息のうつはを草の上」(『花や鳥』)・・


  高橋睦郎句集『花や鳥』(ふらんす堂・限定600部、署名入り)、序句は、


  花や鳥この世はものの美しく       睦郎


 栞文には、堀田季何「睦あうもの」、小津夜景「罔両(まぼろし)を舞う人」、岩田奎「のびしろ」。そして、著者の跋には、(原文は正漢字、本ブログは変換された漢字のみ)


  少(わか」く俳句なるものに出会ひ、七十余年付き合つてきて言へることは、俳句はこれこれの詩・しかじかの文芸である、と規定または言挙げすることの虚しさだ。十七音を基本とするたぶん世界最短の詩型といふのは、客観的な事実の範囲だからまだよい。最短の詩型を形式の上で生かすのが切れ字であり、内容の上で支へるのが季語であるといふのも、芭蕉の遺語「発句も四季にみならず」「無季の句ありたきものなり」といふ保留付きで、とりあへず許容範囲だらう。しかしその余は虚子の「花鳥諷詠」にしても波郷の「俳句は私小説」にしても、その人その時の門下か仲間内での教条か合言葉程度と合点しておけば足りよう。(中略)

 今日おこなはれてゐる俳句の原型を作つたのは、いふまでもなく芭蕉である。しかし、今日一般的な平明な只事句と芭蕉の句と、なんと相貌を異にしてゐることだらう。芭蕉の句の魅力はしばしばその意外な難解さと不可分だ。むろんそれは意図された難解さではない。創始者ゆゑの止むをえざる発明の試行錯誤から生まれた、止むをえない難解さといふべきだらう。芭蕉の俳諧および発句は極言すれば芭蕉一代限りのものだ。芭蕉一代の表現行為を継承」しようと志すなら、その為事を尊敬しつつ、各人自分一代の為事を志さなければなるまい。そこに止むなく生じるかもしれない難解さを恐れたり、況んや忌避したりは禁物だらう。


 とあった。ともあれ、集中より、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておきたい。


  韮臭き舌吸ひあふや下下の戀

    米粒少く見込む己が両眼映るを

  目玉粥澄み飢ゑ新た敗戦忌

  井戸を忌み流言を忌み震災忌

  湯灌して死びと生れぬ春夕

  橋おぼろ渡せる先の岸おぼろ

  覆面(マスク)をば雑ゥとして暮る此の年は

  木に木魂草に草魂枯れてこそ

    新春歌舞伎番付に吉右衛門無し

  亡せし名のかくも大きな初芝居

  小鳥来よ伸びしろのある晩年に

    K・ヴィンセント曰く

  句は咳か歌は吐息か春遅遅と

  明日のこと死の聲に聞け能始

    六月十四日ボルヘス忌すなはち

  万緑の奥暗暗と迷宮忌

  ニッポニアニッポン我等敗戦忌

  野分哭(ね)を泣くや日ねもす行戻り

  しまらくをしぐれをりけるすしづけさよ

    寂聴忌 十一月九日

  渇愛の露今朝慈悲の霜の綺羅

    わが故郷にては曾て酢餅にて死ぬる人多かりし

  餅呑んで昇天父もその父も

  形代に首無く手足無きあはれ

    祖父・父・わたくし

  三代ををいくさに死なず敗戦忌  

  夭折は柩重かり草紅葉

    八十まり五のとしを迎へて自らに雪齋を號らんとす謂はれは曾て

    たらちね語りし我が生れ日の朝げしきによるすなはち

  小雪まふ朝湯戻りに生れしと

  雪の香の立つまで生きん志

  雪頻れ達磨俳諧興るべう


 高橋睦郎(たかはし・むつを)  昭和12年12月15日(愚生と同じ日です)、北九州八幡生まれ。




★閑話休題・・露の紫・林家つる子「上方落語/江戸落語二人会『紫のつる~東へ飛ぶ』」(於:府中市・バルトホール)・・



 本日は、府中市市民活動センタープラッツの団体「落語長屋」(清水道哲)の案内で、上記の落語会に足を運んだ。愚生は上方落語をちゃんと聞くのは初めてで、上方落語には、「真打」の制度は無く、演台のしつらえも違うらしい。とはいえ、これから、東京では、4月19日(金)には、露の紫15周年独演会(於:日暮里サニーホール)。林家つる子は真打昇進披露興行が、3月から5月にかけて鈴本演芸場・新宿末広亭・浅草演芸ホール・池袋演芸場・国立演芸場主催と続くという。興味のある方は、どこかの日時で、出かけられたらよいと思う。



      撮影・中西ひろ美「睡るらん春の日差のたわむれに」↑ 

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