鈴木牛後「木と紙の国と言はれて空つ風」(「雪華」2月号)・・
遅ればせながら「雪華」1・2月号(雪華俳句会)、「雪華」1月号の橋本喜夫「新年巻頭言/下剋上結社でありたい」には、
(前略)昨年は星野立子新人賞(鈴木総史)、兜太現代俳句新人賞(土井探歌)、現代俳句協会年度作品賞(高木宇大)の受賞者を3人もだした。ただ、これは三人の「個の力」であって雪華俳句会そのものの力ではないことは私だって自覚している。でも「個の力」はないよりあった方がよく、雪華にはさらに五十嵐秀彦も、鈴木牛後も、松王かをりも居る。おそらく戦国時代だって有力武将がいなければ、生き残れないし、天下は取れないのだ。だからわたしはここに宣言する。「ここ十年で下剋上結社を目指します」と。そして駄目ならひっそりとこの結社を閉めますと。なぜ私が十年と区切ったかというと、せいぜい私の残された健康寿命だと思うから。もちろんすでに「結社の時代」は終焉を迎えていることも知っている。それでも尚且つこのままでは私も雪華俳句会もあまりに残念だ。
今後、会員諸氏はどうすればいいか、己の俳句の力をつけ、とくに「読み」を鍛えて欲しい。俳句の読解力をつければ、小誌に掲載されている俳句作品の多様性を理解できるし、載っている散文のクオリティ―にも気づくはずだ。多様性の中から個々の個性に応じて、雪華作品を取捨選択して、自分の作品の肥やしにして欲しい。そうすれば会員の皆さんの俳人としての実力は雪華が閉まっても何処の結社に移ってもやってゆける。他の結社の俳人は相手にしていない。雪華会員だけは。現代詩的な一見難解句も、口語俳句も、流麗な伝統俳句も、破天荒な句も簡単に読みこなせる力を付けて欲しい。さすれば私も小誌の執筆者たちよりグレードの高い俳句作品や、俳句評論、散文を安心して会員にお届けできる。(中略)
俳壇は令和の現在、右傾化しているとい思う。はっきりいって、文芸に右も左もないのだが、伝統(芸)に傾きすぎていると思う。形が整っていて、一見新鮮で、流麗で、爽快で口当たりのよい有季定型が多すぎる。分かりやすいが内容も謎も詩もない。切々たる感情の吐露もない。改革、進化がなければ文学・文芸とはいわない。
とあった。ともあれ、本誌2月号より、いくつかの句を挙げておこう。
元日や天の逆鱗めく夕べ 橋本喜夫
迫害のアイヌの史実雪深し 西川良子
立冬の案山子の肌に触れてより 川村暮秋
生き生きて爽籟はるかなつかしき 大西岩夫
身の内の阿吽の息やこぼれ萩 高垣美恵子
汝に告げん越冬の鳥のことなど 五十嵐秀彦
見回りの巡査へも引く大根かな 高木宇大
大屋根も小屋根も湯雪の夕日色 鈴木牛後
淡々と師走たんたんと忙殺 三品吏紀
ダスキンのをんなに恋す冬の蠅 高橋亜紀彦
洗剤とハミングの間の冬日向 土井探花
むらくもの夜の呂律をすきま風 青山酔鳴
★閑話休題・・高野芳一「高野芳一「二月尽支度始むる官女雛」(第26回「きすげ句会」)・・
本日、2月22日(木)は、雨中の第26回「きすげ句会」(於:府中市生涯学習センター)だった。兼題は「梅」。以下に一人一句を挙げておこう。
古き雛乱しても愛おしき 井上芳子
バス逃す梅見の客の焼き団子 山川桂子
白粥の梅干し見つめ力湧く 杦森松一
早蕨や岩間を抜けし水走る 井上治男
盆梅に言い訳けすなり小さき背 寺地千穂
ウ軍撤退
落ち椿弾薬尽きぬ兵凍てり 濱 筆治
( )カッコして旧姓のあり春の海 高野芳一
雪と雷どんでん返しのサスペンス 久保田和代
春一番漁師は怖れ娘(こ)はしゃぐ 清水正之
雛鳥の鳴いて響けり霜の声 大庭久美子
梅林を出る天の青さに会うために 大井恒行
次回、3月28日(木)は、場所が変わって、府中市中央文化センタ―会議室。兼題は「空」と、当日席題1句あり。
撮影・中西ひろ美「最後の旅最後の猫と思えどもまだ見ぬ所あした来る猫」↑
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