澤好摩「うららかや崖をこぼるる崖自身」(「俳句界」1月号より)・・
「俳句界」1月号(文學の森)、特集は「一生俳人~生涯追い求めたもの」。執筆陣は、森澄雄(上野一孝)、佐藤鬼房(渡辺誠一郎)、金子兜太(堀之内長一)、鈴木六林男(次井義泰)、和田悟朗(久保純夫)、岡本眸(松岡隆子)、鍵和田秞子(依田善朗)、岡田日郎(鈴木久美子)、澤好摩(山田耕司)。その澤好摩について、山田耕司は「詠まないことの一貫性」と題して、
(前略)その生涯を通して貫いたものは、あくまでも個人として言葉と格闘する行為であった。「個人」としての格闘とは、個人的境涯を詠む行為を指すものではない。自己の人生であれ、社会的な問題であれ、何事かを伝えるためのウツウツとして俳句がふるまうことを用心深く排除するのが、澤好摩もこだわりであった。
自分を詠まない。時代を、詠まない。
先人の遺した「俳句らしさ」詠まない。
そんなシバリをかけつつ、自己作品を厳しく添削する澤好摩は寡作多捨の作家であった。
とあった。本特集の中には「私が追い求めるもの」のテーマに基づいて、池田澄子「未知の俳句をこそ」、坪内稔典「うふふふふ」、高野ムツオ「表現の根拠」、横澤放川「歩まんず」、鳥居真里子「映像に舞うことのは」、 岩田奎「徳と毒」がエッセイを寄せている。この中では、もっとも若いと思われる岩田奎が、
俳句においてこのような問いが難しいのは、澄むと濁るとのダブルバインドによる。(中略)
澄むことをはなから目的とした座はどこか嘘くさいし、貧しい気がする。しかし、濁ることの味わいに泥(なず)み、高踏を忘れた存在もまた空しい。澄みつつ濁り、濁りつつ澄む。おそらく澄むことによって濁るよりも濁ることによって澄むほうが筋のよい戦い方になるのではないかといまは思っている。
と、ダブルバインドの二語の選択については、無条件で同意できないが、さすがに未知なる俳句への真っ当さがあるように思えた。ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。
どの子にも空は胸かすいかのぼり 横澤放川
草餅や予定なき日も見る手帳 星野高士
鈴の音をとほく冬木の桜かな 髙田正子
三月の甘納豆のうふふふふ 坪内稔典
吹雪く木やここは暗室誰もくるな 鳥居真里子
金賞の菊に奢りのなりけり 稲畑廣太郎
真つ直ぐに立つ意志のあり枯芭蕉 今瀬剛一
少年の袴着似合ひ七五三祝(しめいわい) 加古宗也
寂としてきのふがありぬ花八つ手 角川源義
むささびの飛翔に尾あり冬の月 古賀雪江
冬虹に立てば亡き師を思ひけり 柴田多鶴子
鵙鳴くや御所の鬼門の猿ヶ辻 鈴木しげを
極月の杖つけば杖ころげたる 辻 桃子
マスクしてスカボロフェアに行きまする 西池冬扇
綿虫の徒党ありあり見ゆるかな 能村研三
初日の出しだいに濁世見えてきし 高橋将夫
秋の蚊は耳が好きらし耳に来る 名和未知男
初夢の天狗の羽音まだ耳に 堀本裕樹
★閑話休題・・澤好摩「寒雲に片腕上げて服を着る」(「朝日新聞」12月24日付より)・・
澤好摩つながりで、「朝日新聞」12月24日(日)の「俳句時評」は、坂西敦子「澤好摩の美しい抒情」。その中に、
7月に客死した俳人・澤好摩(さわこうま)を偲(しの)ぶ会が11月4日に都内で開催された。(中略)
参加者には、澤を顕彰した2冊の俳誌が献呈された。一冊は、澤が最期に創刊し、死の直前まで作品を発表した「円錐(えんすい)」。旺盛な活動と交流を克明に記す年譜や、19人の追悼文が掲載された。「人間存在のかなしびや孤心、そこから発する人懐かしさとでも言うような美しい抒情(じょじょう)」という澤の同志である味元昭次の証言は澤が目指したものを言い当てている。もう一冊の「翻車魚(まんぼう)」では2014年に芸術選文部科学大臣賞を受賞した『光源』を含む既刊の句集と、それ以外の句から「澤好摩の百句」を高山れおなが選・鑑賞している。
とあった。
撮影・鈴木純一
「戦略も
戦術もない
でも生きた」↑
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