浅川芳直「歳晩の青空の窓さつと拭く」(『夜景の奥』)・・

 

 浅川芳直第一句集『夜景の奥』(東京四季出版)、序句は、蓬田紀枝子。


   秋の草刈り始めたる音届く       紀枝子


 序は西山睦、跋は渡辺誠一郎、帯文は高橋睦郎、帯には、


 この人の鋭さと柔らかさの兼ね合いは絶妙。

 清新と風格の共存と言い換えてもよい。


 とあった。 そして、序の結びに西山睦は、


 第四章では、他者への暮しへの眼が向いている。これからの詠む方向でもあろうか。

  山々は青空区切るそばの花

  新幹線無月の山へなだれこむ

  集落を人影蜘蛛の狩しづか

  冬耕に魚干す風の触れゐたり

 芳直さんは、俳句の道を前へ前へと自力で切り開いてきた人である。論も立つ。

 そして一集に流れているのは「光」の明るさと「雪」の眩しさである。

『夜景の奥』を携えた若武者の、今出陣の蹄音を聞く思いである。



 とあり、跋の渡辺誠一郎は、


 最後に私が特に惹かれた一句を引き、感想を述べ、句集『夜景の奥』上梓の贐とする。

  歳晩の青空の窓さつと拭く

 松島円通院での一句である。新たな年を迎えるための、凛とした空気が張り詰めている。方丈での僧侶の姿を詠んだものだが、ここに私は、作者を重ねる。単なる年迎えの光景に止まらない。来るべき未来への浅川氏の意気そのものを読み取る。まさに自らが、明日へ向かって己自身を、拭き上げようとする姿に思えてくるのだ。未来に生起する様々な困難を前に、少しもぶれずに意気軒高としている清々しい浅川氏の表情が浮かんでくるのである。


 とあった。そして、著者「あとがき」には、


 本書は私の第一句集です。平成十四年秋から令和五年一月までの作品二八六句を収めました。不器用な句を大切に残したつもりです。至らぬ点も目に付きますが、欠点こそ本当のものが潜んでいるとおもうから。

 集名の『夜景の奥』は、胸に沁み込んだ研究室の眺めに因みました。仙台の夜の奥には、南に大年寺山、北に七ツ森が茫と据わっています。


 と記している。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。


  つばくらめ海の反射を高く去る       芳直

  冷房車出てよみがへる雨の音

  王冠を飛ばし真夏のオリオン座

    祖母 浅川絢 一〇二歳

  炎昼にあるなしの風新仏

  茄子の馬夜のカーテンふつと揺れ

  クローバーからりと犬の車椅子

  研ぎ痩せの手鎌に水の澄みにけり

  去年の雪ざつとこぼして神樹あり

    祖父 津軽芳三郎九十八歳

  昨夜は生者の綿子でありし軽さかな

    東日本大震災から十年

  サイレンの此処には鳴らず紅椿

  敗蓮の突つ伏す水の白さかな

  

 浅川芳直(あさかわ・よしなお) 平成四年、宮城県名取市生まれ




★閑話休題・・浅川芳直「痩案山子夕日さへぎるものもなし」(「むじな」2023より)・・


 浅川芳直つながりで「むじな」2023(むじな発行所)、特集は「賢治の俳句」と句集刊行に先行しての「浅川芳直句集『夜景の奥』」。以下に一人一句を挙げておこう。


  山に雲流れ刈田に山の影          浅川芳直

  墓地の蠟溶けきっていて風光る       有川周志

  立ち漕ぎや怪我のまぶしき夏の膝   うにがわえりも 

  無花果を剥くとき口の尖りをり       遠藤史都

  月宮殿に 半身を置いてきた       及川真梨子

  向日葵の種を募金のお礼とす        大崎美優

  ぬいぐるみを立たせる作業春の昼      木村心優

  緑陰のベンチや庭師項垂るる        漣波瑠斗

  腹にシャワー自死のメソッド演技終え    佐藤友望

  妖精を台車で運ぶ夏の庭          佐藤 幸

  秋桜の丘より暮るるニュータウン      島貫 悟

  朝焼をごみ収集車に投げ入れて       鈴木萌晏

  八月や時報等しく響きけり         須藤 結

  昇降機蚊を棲まはせてよくうごく      田口鬱金

  みな荷物多し今川焼の列          竹内 優

  競馬新聞時々しやぼん玉来る        谷村行海

  セーターをくぐって今日のはじまりへ    千倉由穂

  新なる葡萄畑の青深し           天満森夫

  きんいろの取っ手を引けば秋である     西野結子 

  紫陽花や少しちいさき金次郎        松枝栄樹

  ランプよりのがれたるひかりやことり    弓木あき

  寂しさに臍は窪みぬ青田風         吉沢美香

  コルセットスカート夏の風として      米 七丸



      撮影・芽夢野うのき「冬銀河のみど流れてゆく日なり」↑

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