中里夏彦「天空を(てんくう)を/飛(と)ぶもの/あまた/霊(れい)もまた」(『夢見る甍』)・・
中里夏彦第3句集『夢見る甍』(鬣の会・風の花冠文庫)、本文用紙は黒、つまり黒地に白文字(銀)、多行表記の句集である。その「後書き あるいは『避難所から見える風景』(八)」の中に、
二〇一一年三月に発生した東日本大震災に起因する東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故によって、私は生まれ育ち、将来も自らの人生の拠点になる筈であった家や地域を永遠に喪失した。「永遠に」とは人生を百年という単位で考えた時の時間感覚からすれば、ということである。つまり、原発から直線で3㎞(以前の文章で5㎞と書いたのは道のりでした)に位置するその場所は私にとって生涯帰還できないエリアとなり、その結果、私や私の家族、数百年に及ぶ累代の地縁血縁、学校卒業後の三十余年勤務した地元の職場の人々との関係が大きく変わらざるを得なかった。(中略)
言ってみれば、それまでの私の人生が根こそぎ失われたように感じている。果せるかな、私の言葉もそれなりの影響を蒙ったに違いない。その意味で第二句集『無帽の帰還』が担ったモチーフは、実に原発事故被災当事者としての証言であっただろう。
そして第三句集『夢見る甍』とは、被災者としての私が現在抱いている実感から言えば、三・一一を契機としてそれ以前に生きていた世界とは少しだけ違うようでいて全く違う、所謂パラレルワールド(並行次元)に移行してしまった気分を言い当てている。人生が自分以外の人との様々な関係の集積だとすれば、それまでの人間関係があの爆発事故によって一気に崩れ去り、私は自らの足元も覚束ない宙ぶらりん状態になった。その形容として即ち「パレルワールド」はピッタリするのだが、これを説明しようとするとなかなか難儀する。(中略)
「核の平和利用」という言葉自体が孕んでいる欺瞞性、つまり一方に平和でない利用方法の可能性を示唆し、しかもそれが人類にとって取り返しのつかない事態を引き起こすことを暗に含む、この「平和利用」という言葉が持つ二律背反性を、政治的にも経済的にも許していることを私たちはもっと重く受け止めるできだと思う。(中略)なぜ原子力だけに「核の平和利用」という奇妙でグロテスクな言葉が許され、しかも成立するのか。その裏にある国家の政治的な意志、つまり膨大なエネルギーを兵器に転用する軍需産業との経済的な利害関係が、巧妙に、あるいはそれと矛盾するようだが、これ見よがしに、公然と隠されているのではないか。私がいう欺瞞性とはこのことだ。(中略)
手元の辞書によれば「甍/いらか」とは「苛処」の意味であるらしい。様々な想念によって苛苛しく思う処というニュアンスが語源に関わっているとすれば、猶更今の私の心情には相応しい。私たちが日常を生きる際、物事がなかなか思うに任せず苛苛することもしばしばだが、そんなリアルな響きが「いらか」にはある。人偏に夢と書くと「儚い/はかない」となるという思いもまた句集名に込められているかもしれない。
とあった。長い引用になってしまったが、ホントは全文引用したいくらいである。ともあれ、集中より幾つかの句を挙げておきたい。
双手(もろて)
うるはし
天上(てんじゃう)に
紺絞(こんしぼ)りつつ 夏彦
星月夜(ほしづくよ)
甍(いらか)は
夢(ゆめ)を見(み)て
ゐるか
水面(みなも)
ずぶ濡(ぬ)れ
根源的雑音(ラジカルノイズ)
ラジオから
戦場(せんじやう)
過(よ)ぎる
夜霧(よぎり)ヨ
今夜(こんや)も有難(ありがた)ウ
一張羅着(いつちやうらき)て
戦場(せんじやう)に立(た)つは
愛(かな)し
野(の)に伏(ふ)せば
泉下(せんか)
蒼茫(さうばう)たる
夜空(よぞら)
中里夏彦(なかざと・なつひこ) 1957年、福島県生まれ。
★閑話休題・・林桂「夕月(ゆふづき)をあふぐを別(わか)れの合図(あひづ)とす」(「鬣 TATEGAMI」第88号より)・・
「鬣 TATEGAMI」第88号(鬣の会)の特集は、「松原令子写真集『夢で逢えたら』」である。執筆陣は深代響「世界の肌に触れるコトバー『夢で逢えたらー松原令子写真集』に寄せて」、上田玄「夜も昼も」、青木陽介「その人が歩いた風景が」、大井恒行「愛」。以下に「一葉一句/——松原令子写真集『夢で逢えたら』より」から再掲載しておきたい。
たそがれの神社迷界猫喋る 樽見 博
わが飲みし日輪はいま臍あたり 後藤貴子
白南風や彼女に会ったらよろしくと 中川伸一郎
眼差しの優しき馬の日暮れかな 瀬山士郎
猫として猫の時間を使いきる 丸山 巧
野良トラは旦つくが好きさくらんぼ 佐藤裕子
裏庭に君のなきごえ虹立ちぬ 齋木敬史
迷宮を出でしか砂利道踏みて帰る 中里夏彦
植木鉢いくつ並べてミー笑ふ 九里順子
一日を猫でありけり明日もまた 西平信義
知りたがる神と待つてる夏料理 滝澤航一
ここにいたってことだと鳴くよヒメジョオン 佐藤清美
夏の月呼んでも来ない猫と居る 齋木ゆきこ
「してやったり」家出のノラに夏来たる 蕁 麻
おわあぁ此処は草の実の市場です 水野真由美
緑蔭のこつちに来ればしぁはせだ 吉野わとすん
春日影しびれて猫の古声す 池田和徳
猫のたまごをつつむ少女の手 西躰かずよし
汝が縁
石もて追はる
獅子吼あり 上田 玄
ー『夢で逢えたら』はじまりの旅
名張まで
ようこそ
驟雨の
葛を越え 深代 響
芽夢野うのき「椎茸紅くあの世とこの世重なりぬ」↑
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