鈴木真砂女「今生のいまが倖せ衣被」(『銀座諸事折々』より)・・

 

 鈴木真砂女『銀座諸事折々』(角川書店)、近くの文化センターの図書館分館にはよく立ち寄る。 愚生は東京新聞夕刊しか購読していないので、他の新聞の俳壇記事などは、その図書館で読む。加えて、年に数回、リサイクル図書といって、府中市図書館の本や雑誌が、お持ち帰り自由になる。倉庫にも限りがあるので、たぶん、10年以上貸出しが一件もない図書などは無料で払い下げになるのだろう。先日は、月刊俳誌『俳壇』の2年間分が揃っていたが、どうせ、市の資源ゴミの日に出すことになると思って止めた。今日は、たまたま、鈴木真砂女『銀座諸事折々』があったので、今では誰も読む人がいないのか、と少し寂しく、貰って来た。パラとめくったら、愚生の知り合いの名がでていたので、引用する。


     「五月の摘み草」

 過ぎし日、常連であり「門」同人の野村東央留さんから、からし菜、芹、野蒜その他たくさんいただいた時、急に摘み草をしたくなって四月二十九日の祭日に連れていっていただく約束が出来た。(中略)

 メンバーは野村さんを始め俳句仲間の細谷好江さん、結社には所属せず俳句作りを愉しんでいる女性群総勢八名である。(中略)

 鶴瀬駅前の「鳥千」は細谷さん経営の小料理屋だが、今日は休日で幹事役を引き受けている。奥の部屋に一同引きあげて句会に移った。三句投句五句選のうち一句特選で、私の特選は私の色紙を贈呈ということで句会に入った。初心の方々もいたが、一緒に摘み草を楽しんだことが充分に詠まれた佳句をたくさんいただいた。私の色紙は「門」の佐藤幸栄さんの手に渡った。

 選評の間に宴会の用意も整った。野蒜のぬた、芹の天ぷらとおひたし、掘ったばかりの筍の煮物、クレソンのサラダ、草だんご、いずれも野の香りぷんぷんである。これらの料理の盛られた器は野村東央留夫人の作品で、趣味としてご夫妻で陶芸の道に入って久しい。摘んだばかりの芹の天ぷらは五指をひろげたように揚げられ、口に入れるとパリッと音がする。天ぷらを揚げるのは野村さんが最も得意とするところらしい。


 とあった。愚生は、先年、展示会に出掛けて、野村東央留の手になる陶器をいただいたことがある。故鷹夫主宰の時代から恵送いただいている「門」誌には、毎月、野村東央留の句が載っているので、健在のご様子である。真砂女の文中ながら、思わぬところで会えて嬉しかった。因みに、手元の「門」8月号の句の中に、


  金継ぎの黒の楽碗梅雨籠り        東央留

  黒黴をつけ白猫の戻りたる

  どくだみや密談らしき声の洩る


 があった。ともあれ、本書中から、真砂女の句をいくつか挙げておこう。


  初凪やもののこほらぬ国に住み       真砂女

  あるときは船より高き卯波かな

  わが恋は秋風渡る中にあり

  東京を三日離れて山法師

  立春や米研ぎ青きもの茹でて

  春の雪うちうちだけの祝かな

  春愁や記憶の底に門司の駅

  蚯蚓鳴く路地を死ぬまで去る気なし

  わがくらし春着の上に割烹着

  ふるさとは遂に他国か波の華

  無為の日々ひらききったるチューリップ

  花冷や箪笥の底の男帯

  白魚の月の光に契りけり

  教授回診ものものしくも花の雨


 鈴木真砂女(すずき・まさじょ)、1906(明治39)年11月24日~2003年3月14日、千葉県鴨川町(現・鴨川市)生まれ。


 

★閑話休題・・東直子短編集『ひとっこひとり』・・


 東直子短編集『ひとっこひとり』(双葉社)、帯の惹句には、


 ごめん/ありがとう/きれい

なんでもないひとことが、/孤独を抱えるひとりの胸を照らす

歌人・東直子にしか描けない!/「言葉」がもたらす小さな

奇跡を見せてくれる短編集

大丈夫だよ。そう言う夫のやさしさは、いつもどこか的外れ。それでも――。

人気イラストㇾ-ター/三好愛の挿絵付き


夫に抱えている秘密を言い出せない主婦

わかりあえないままだった老母の葬儀に向かう中年の娘

高校生の娘に弁当を作り続けるシングルファーザー

元担任教師に強引に家に誘われた教え子

真夜中のニュータウンで出会った大学生と若い母親

「言葉」がつなぐ、それぞれの想いとは?


 などと、誘われる。歌人にして、作家、俳句も作られている。小説には、


着いた〉

芽以(めい)は、三文字だけ書いてLINEを送る。

〈了解〉

返事は二文字。父親からである。


 他に「オンライン授業」も出てくる。登場する小道具が現在只今の光景である。興味のある方は、直接、本書を手に取られたい。最後に、俳句同人誌「鏡」に所属されているので、その「鏡」第47号から一句紹介しておこう。


  春風や小さき者を高々と      直子


 東直子(ひがし・なおこ) 1963年、広島県運生まれ。



    撮影・中西ひろ美「はまなすに久しくあわぬ会って来る」↑

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