橋本榮治「短手(しのびで)に魂を呼び出す炎天下」(『瑜伽』)・・
橋本榮治第5句集『瑜伽』(角川書店)、跋文は黒田杏子。その中に、
橋本榮治さんは私のもっとも信頼する友人のひとり。その人が句友でもある事は私の人生の幸運。嬉しくありがたい事です。
私より一世代お若い。いわゆる団塊世代の方ながら、めったに居られない大人。(中略)
ここから第五句集『瑜伽』について感想を述べさせて頂きます。私の十二句選は帯をごらん下さい。無欲の人の静謐な句は見事。
虫売や闇より暗く装へる
闇より暗く装へる。とまで詠み上げられた句はありません。虫売の白眉です。
昨日満ち今日なほ満ちて八重桜
桜の句を読み続けてきた私ですが、八重桜の美しさ、豊かさをここまでは詠めていません。橋本さんのこころの美しさの出た一句。
八月が去る遠き蟬近き蟬
無欲の人の言葉は貴く重たいです。蟬と人間の関係がこれほど豊かに詠めるとは……。俳句の無限の可能性を知り、学びました。
とあった。また、著者の「あとがきにかえて――望郷の岡――」には、
(前略)元興寺のそばの岡の上には奈良ホテルが建ち、道一つ隔てた向かいの岡には小さな社が鎮座する。名は瑜伽神社。瑜伽は「ゆが」ともいうが地元では「ゆうが」と呼んでいる。周辺は奈良の飛鳥と呼ばれ、岡は望郷の岡とも言う。ふるさとが恋しくなると人々は岡に登り飛鳥を望んだ。その一人に大伴坂郎女がいる。
ふる里の飛鳥はあれど青丹よし平城の明日香を見らくしよしも
と飛鳥古京を望み、「万葉集」にこの一首を残した。岡に立っても私には飛鳥の影さえ見えなかったが、その心は十分に読みとることができた。飛鳥人が岡に立ってふるさとへ想いをはせたように、私は自作を通して父母と生きた懐かしい時代へ思いをはせたい。
とある。ともあれ、愚生好みに偏するが、本集よりいくつかの句を挙げておきたい。
身に入むや父母の亡き世をなきやうに 榮治
あたたかや千手の二手は掌を合はせ
先生が出でてもつるる水喧嘩
戻れぬと白夜より来し便りかな
一集も遺さず逝きぬ浮いて来い
どの星も沖を出でくる烏賊釣火
歌女鳴くやいくさ終りし日のやうに
亡き父母の箸秋寂びの極みとも
陰の菊日の菊冬の来つつあり
死者のこゑひときはとほる薪能
逝く人に東風を持たせてやれぬこと
一の蔵空(から)二の蔵に秋の蛇
橋本榮治(はしもと・えいじ) 1947年、神奈川県横浜生まれ。
芽夢野うのき「夜よりも昼濡れそぼつ夕化粧」↑
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