池田澄子「とどくとはかぎらぬことば夏百夜」(『月と書く』)・・


 池田澄子第8句集『月と書く』(朔出版)、帯の句は、


  お久しぶり!と手を握ったわ過去の秋     


 そして、「後記」には、


 (前略)前句集『此処』を纏めたあとのコロナウイルス出現以来、人が人に逢えなくなった。更に信じがたい戦争。他の動物は爆撃などしない。戦争はダメ、と、嘆く日々が続いている。

 その心の飢えを抱きながら、逢いたい逢いたいと書いてきた日々を、過去のことにして出直したい気持が体内に満ち溢れてしまったらしい。逢いたい人に逢えて、あぁ世の中に戦争などない暮らしに戻らないことには、人心地がしない。その口惜しさが飽和状態になったらしい。

 などと、他人を見るように自分を眺めながら更に、第一句集を纏めた頃の自分、見守ってくださる先生のいらした、あの、ひたすら未来に向いていた日々に戻りたくなった。そして今、錯覚にしろ私は、確かに第一句集以前に戻っている。


 とあった。集名に因む句は、


  逢いたいと書いてはならぬ月と書く        澄子


 であろう。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。


  蛇寒い筈日々老いて眠い筈

  湯水のようにつかういのちと竹の花

  此の世から花の便りをどう出すか

  鷹化して鳩となるなら我は樹に

  水馬さびしいか水凹まして

  年とれば若いと言わる敗戦日

  迎え火に傘のいらないほどの雨

  空腹の象また熊や天の川

  あの人あの人あの人も居ず寒夕焼

  アイライン入れたら泣くな敗戦日

  待てど待てど星は流れず我は我

  満月の裏に闇夜のあり浮世

  春を待ちかね覚えたり忘れたり

  春寒き街を焼くとは人を焼く

  蝶よ川の向こうの蝶は邪魔ですか

  

 池田澄子(いけだ・すみこ) 1936年、鎌倉生まれ、多く新潟で育つ。

  

  

     撮影・中西ひろ美「花束の中のひまわり梅雨の雷」↑

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