久々湊盈子「どれほどの命奪えば気がすむかこの人を生みし母親もある」(「合歓」第100号)・・

 

「合歓」第100号(合歓の会)、銘打ってはいないが記念号というべきページの厚さである。巻頭の久々湊盈子の「ご挨拶」に、


 一九九二(平成四)年、元「個性」の仲間を中心に発足した「合歓」がこのたび百号を迎えることとなりました。当初は年二回の発行でしたが、二〇〇四年(平成一六)年、加藤克巳先生がご高齢になられて「個性」が終刊してから年四回の季刊としたしましたから、約三十年の歩みということになります。(中略)

 一人一人が誰のためでもない、自分自身のために短歌を作り、研鑽を積んできた三十年であったと、思います。第三号から始めた歌人インタビューも途切れることなく続き、今日まで九十七名の歌人に登場していただきました。黒岩康さんの「山中千恵子論」は欠かすことのできない「合歓」の目玉になっています。


とあった。主要な目次を拾っていくと、加藤克巳論に、松村正直「静かな力」、熊谷淑子「幾何学的(抽象的」抒情」、久々湊盈子「加藤克巳に学んだこと」、阪本ゆかり「月曜日の『再見』」、石原洋子「温故知新」、小田亜起子「さわやかに」、柏木節子「加藤先生のこと」。招待作品に高野公彦「蝋燭の揺れ」。インタビュー「時田則雄さんに聞くー十万粒芽生えれば」。ともあれ、本号よりいくつかの作品を抽いておきたい。


 あかときの雪の中にて 石 割 れ た           加藤克巳

    上田五千石句集『田園』

 戦争を厭ひゐるときよみがへる「死は一弾を以(もつ)て足る」の句 高野公彦 

 トレーラーに千個の南瓜と妻を積み霧に濡れつつ野をもどりきぬ   時田則雄

 この国に死ぬほかはなし一日中ふざけた電波が飛び交う国に    久々湊盈子

 雪蹴りて忍び寄るものありやなしや万延の雪昭和きさらぎの雪    岩川栄子

 ハイウエイを戦車で逆走すりゅ如き一人の狂気を世界は止め得ず   石川 功

 あしびきの山裾までも真白なり睦月の蒼穹(そら)に富士は聳ゆる  飯塚 忍

 追い抜きゆくヒールの音も気にならぬ齢となりしが少し哀しい  川崎まさゆき

 外交官試験は逃げて商社に行き経済外交やると嘯く         楠井孝一

 玉砕のサイパンより生還の父は吉相の福耳持ちいき        久保田和子

 「わたしのこと好きなんでしょう」と問う君の若さが眩し春の宴の  高阪謙次

 眼科歯科耳鼻科脳外科肛門科(癌か死か慈悲か脳怪我拷問か)

               喜寿の賜(たまもの)ありがたく受く 菅原貞夫

 冬天に大蛇の脱皮か飛行機雲ゆるり解けてもうすぐ春だ       鈴木暎子

 裏道のこはされゆく淋しさをおとぎばなしの続き終はりぬ     津田ひろ子

 マルクスのポートレートに父の記す黒きペン字のGoing My Way       長野 晃

 「かあさん」と呼べば微かにゆるみ見ゆしんしん眠る母の頬べた   長沼紀子

 収益を見込まぬ美術館で 雲恋ふる野の蓼リズム刻む落蟬      中山良之

 味噌造り交代するわと娘等集いメモとスマホの記録かしまし    野上千賀子

 みつまたの花明かりしてわが庭に風やわらかく春は来にけり     牧野義雄

 神仏に土地人情自然にも己の性根にも出会いし旅なり        弓田 博

 ピアスの金具なかなかうまく入らないわれに届きし老人手帳     山下和代

 行くさには白雲ふたつ浮びゐしがいづこへ行きしかこの碧空に    山本一成  


  


     撮影・鈴木純一「スミレはね大事なことは口うつし」↑

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