山﨑十生「段違い平行棒に細雪」(「紫」4月号より)・・


 「紫」4月号(紫の会)。愚生は、一年間、「焦点深度」という「紫・無門集」の作品鑑賞を連載してきて、今回掲載分で最後である。「紫」の方々には、いささか迷惑であったかも知れないが、主宰・山﨑十生の自由に書いていただいて結構、というお言葉に甘えさせていただいだ。というわけで、最後の「焦点深度・紫からの手紙⑫/紫1月号『無門集』より」を転載させていただく。「紫」の皆さんにお礼を申し上げたい。有難うございました。


  澄むための息やはらかに露の玉    西本 明未

澄むための露けさがやわらかな息をもたらしている。それが露の玉になるのだ。まさに秋気澄むときである。 

銀河への軌道いくつの鍵変えた    福井ちゑ子

 銀河への軌道とは、作者の希望とその歩みである。その時々にカギをにぎる軌道修正が行われたらしい。それは科学的根拠に基づいての判断であろうか。そうではあるまい。やむを得ない、どうにもならない選択もあったに違いない。それでもそれらを是として今がある。 

  薄もみぢ瀬の香瀬の音伴へり     浅野  都

 まだ紅葉しきらない、これからが色づきの本番を迎える。豪華絢爛だけが紅葉の美しさではない。薄紅葉にはまた別の趣がある。早瀬の音、香に、逢瀬さえ想像されるのが詩歌の世界であろう。 

  万緑と一体となり無となりぬ     稲葉明日香

 一面の緑、生命力の象徴であるような万緑。俳句に「万緑」を季語として持ち込んだ手柄は、中村草田男の句「万緑の中や吾子の歯生え初むる」にあるのは有名な話。その燃える万緑の歓喜に占領されて、心も無になるのだ。

 

  息災で何よりままこのしりぬぐひ   久下 晴美

 下五の草の名を漢字にすれば「継子の尻拭い」。名前の由来を思えば、いささか上品とは言い難いが、上句「息災で何より」のフレーズとの取り合わせが俳句らしさを演出している。つまり、俳句以外では、こういう少しユーモラスなポエジーは生まれない。 

  天高し世は七下がり七上がり     斎藤  順

 浮き沈みは世の習いである。上五の季語「天高し」と取り合わせて、慣用句「世は七下がり七上がり」を巧く斡旋している。上五「天高し」で、深刻ではなく、大らかで、気分は澄み渡っているようでさえある。似ている慣用句「七転び八起き」とは、似て非なり。まったく違うのである。  

  軍服はまだ残します法師蝉      岩切 雅人

 ものの本に、「子規の作例はすべてつくつく法師である。『法師蝉』と五文字で作るようになって、作りやすくなったが、虚子あたりが最初だろう」とあった。たしかにそうかも知れない。掲句にしても「軍服はまだ残しますつくつく法師」では、句が間延びする。とはいえ、この句の眼目は、上句のフレーズ「軍服はまだ残します」の表出にある。末筆ながら、その他の魅かれた句を挙げておきたい。 

  ページ繰るように銀杏散ることも   山﨑加津子

  星月夜答へ合はせは終らない     小林 邦子



★閑話休題・・大井恒行「夢中にも汝死に戦ぐ石蕗の花」(「沖」4月号より)・・


 「沖」4月号(沖発行所)の広渡敬雄「現代俳句鑑賞」に、愚生が「俳句」2月号に発表した句を取り上げていただき、わざわざお送りいただいた。深謝。その中に、


(前略)夢の中でも、妻の死は厳然としてあり悲しみは募る。「そよぐ」ではなく、「戦ぐ」の字が救いようのないくらいの悲しみを表す。


とあった。ともあれ、愚生の若き日、能村登四郎健在の折から、当時の同誌の編集長で現主宰・能村研三以来のご厚誼に感謝したい。ともあれ、同誌本号溶より、いくつかの句を挙げておきたい。


   植菌の榾組まれたる朧かな       能村研三

   エンドロールに続き降り積む春の雪   森岡正作

   浅春や指輪休めの貝の皿        辻美奈子

   喰積や生国違ふ者ばかり        広渡敬雄


     撮影・中西ひろ美「邑ありて苔も芽をだす日和かな」↑

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