西東三鬼「水枕ガバリと寒い海がある」(『ペンネームの由来事典』より)・・


   紀田順一郎『ぺンネーム由来事典』(東京堂出版)、書名のように、日本の近代文学の作家を対象にして、雅号、筆名について書かれた事典である。その西東三鬼(1900ー1962)の項に、


 はじめて作品がガリ版刷りの同人誌に載ることになり、その世話人から病院に「俳号をこしらえなさい。いま原紙を切るところです」という電話がかかってきたので、「即座のでたらめ」で三鬼という号を考え出した。

 風変わりな号なので、よく由来を聞かれたが「三という数字は飲む、打つ、買うの三拍子とは無関係。サンキューやサンキストとも関係ない。しいていえば、明治三十三年に生まれて、三十三歳で俳句をつくったということか」と述べている。


 とあって、愚生は、これまで、俳号・三鬼の由来は、てっきりサンキューとばかり思っていた。それは、昔、三鬼の晩年の弟子だった阿部鬼九男から、たしかに聞かされていたように思っていたし、披講の際の名乗りには、これも独特な調子で「サンキッ」と最後の「キッ」を強く詰まらせて発音していた、と聞いていたからである。とはいえ、三鬼のことだから、その都度、テキトーに答えて、煙に巻いていたかもしれない。その他、俳人では飯田蛇笏、石田波郷、内田百閒(百鬼園)、尾崎放哉、加藤楸邨、河東碧梧桐、高浜虚子、種田山頭火、永井荷風(断腸亭)、中村草田男、夏目漱石、正岡子規などが立項されていたが、中村草田男の親戚の人から「おまえは腐った男だ」と言われたのが元だというのは、有名な話なので、皆さんもよくご存じのことだろう。ただ、山頭火については、


 はじめ田螺公(でんらこう)の俳号で投稿していたが、やがて荻原井泉水(せいせんすい)に師事し、山頭火を名乗った。これは運命判断の一種である納音(なっちん)にちなんだ号である。

 納音は六十通りの干支の五行を配し、それに三十種の名称をつけたものを人の生涯にあてはめ、運命を判断する方法。たとえば丙申・丁酉は「山火下」。甲子・乙丑は「海中金」というように、生年によって納音がきめられる。「井泉水」もその一つであるから、山頭火の師の発想を真似たとしても不思議はない。

 ただし、山頭火の生まれた明治十五年納音は「楊柳木」のはずだから、生まれた日や年とは無関係で、青年時代に「いい感じの名前なので採用した」としている。(中略)山頭火の象意は、激しく噴火している山であるが、裏の象意は燃え尽きて煙だけが残っている状態を指す。「山頭」には死者を荼毘に付す場所という意味もあるので、母親への鎮魂の気持ちがこめられているようにも思われる。


 とあった。


  分け入っても分け入っても青い山      山頭火

  何を求める風の中ゆく


 

★閑話休題・・林家つる子「落語長屋・勉強会 林家つる子独演会」・・



 本日の午後、きすげ句会の清水正之(道哲)が代表代行を務めている府中「落語長屋」の「落語研究会・林家つる子独演会」(於:府中駅前プラッツ第五会議室)に誘われて行った。今日の最後の演目の「紺屋高尾(こうやたかお)」は、吉原の花魁・高尾太夫に一目ぼれした染物職人・久蔵が、3年間働き詰めで働いて金を貯めて太夫に会うという筋書きの古典だが、先日の東京新聞夕刊(3月8日付け)にも紹介されていたようにジェンダー平等の世に、新解釈の「紺屋高尾」を演じていた。プロの女性落語家が誕生して50年、新解釈では女性を主人公とした結末に感動的でさえある。 府中・落語長屋の次回予定は、同所で6月27日(火)午後1時半受付、木戸銭(資料代)は1200円。



      撮影・芽夢野うのき「春の草満ちののさまののさまも」↑

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