柴田獨鬼「亀鳴きて声なき声の賑やかさ」(『あかときの夢』)・・

 

 柴田獨鬼第一句集『あかときの夢』(深夜叢書社)、帯文は齋藤愼爾,このところ不調を伝え聞いていたので、ご健在の様子、愚生には何よりの便りとなった。集中の2句の鑑賞文が記されているが、ここでは、一句のみになるが紹介しておこう。


  子宮ごと逝きし母へと蟬の声

 生命力の象徴である女性器を大胆直截に表現したのは、それほどにも作者の母への哀傷は苛烈なのだろう。むろん蟬は抜け殻となった空蟬・虚蟬。「うつせみ」の原義は「現し身・現世・人の世」、読者は声なき悲調を聞かなければならない。


とある。著者「あとがき」の中には、


    あかときの夢偸(ぬす)まるる牡丹かな

 句集名は「俳句四季」誌で齋藤氏の特選に選ばれた右の句に因み、二〇一四年の初学の頃から二〇二二年までの三〇二句を自選した第一句集です。

 貞松瑩子さんの『最後詩集』や同人誌「らん」の中心的存在である鳴戸奈菜さんの句集『天然』と、敬愛する詩人・俳人の著書を出版している深夜叢書社から句集を出してたいという密かな願望がありました。深夜叢書社主である齋藤愼爾氏と、制作実務と装幀をお願いした高林昭太氏おふたりのご厚情により、このたびの希望が叶うことになりました。


 とあった。ともあれ、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておきたい。


  散る花のあのこの世に倦み疲れ      獨鬼

    偲 貞松瑩子(二〇一六年七月一四没、享年八十六)

  負の海に風紋ひそと夏ゆふべ

       注・貞松瑩子第一詩集『風紋』、第三詩集『負の海』。

  平仄を揃へて李白冷し酒

  蓮の実のとんで此の世の息通ふ

  汝(なれ)であり我であること万年青の実

  陽炎を見てから後(のち)を考へる

  魍魎も丸くなりたる淑気かな

  花便り聞きたきことは他のこと

  ちちははを孕みてのちの蛍かな

  献体の素肌羞ぢゐる窓に花

  元旦や生まれしものは逝けるもの

    渡邊白泉「戦争が廊下の奥に立つてゐつた」あれば

  覗きみる廊下の奥や白泉忌

    大塚優一氏のご母堂一〇二歳の天寿を全うす。

  母の日や九九では足りぬ母の齢


 柴田獨鬼(しばた・どっき) 1953年、秋田県生まれ、埼玉県育ち。

 


        芽夢野うのき「千両のいまだこの世に実を赤く」↑

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