奥坂まや「地下街の列柱五月来たりけり」(『自註現代俳句シリーズ・奥坂まや集』より)・・


 自註現代俳句シリーズ・13期・30 『奥坂まや集』(俳人協会)、その「あとがき」に、


 ここまで上梓した句集『列柱』『縄文』『妣の国』『うつろふ』の四冊から、七十五句ずつ、計三百句を選びました。

 選句の作業をしていると、様々な吟行の記憶がなまなましく蘇ってきます。


 とあった。ここでは、句の自註を三篇挙げておこう(句のルビは省略する)。


  海鳴やこの夕焼に父捨てむ         昭和六二年作

          父を出版人としては尊敬しているが、個性の強烈

          さから、家庭人としては最悪だった。ある日不意

          に、心の奥底の思いが引出されて句となった。


  瞳なき石膏像や原爆忌           昭和六二年作

          季語に「原爆忌」があると知ってから、毎年、必

          ず一句は作ると決めている。小学校四年で訪れた

          広島の原爆資料館の衝撃が忘れられないから。


  桃の在るのは人生のちよつと外       平成二〇年作 

          ひとつの疵も無く完璧に熟れた桃は、指を降れる  

          こともためらうような特別の存在。人の世の埒外

          に在る。


以下には、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。


  蹼(みずかき)の吾が手に育つ風邪心地  

  まつくらな沖より年(とし)の来つつあり

  人死して蛇口をひらく油照

  万有引力あり馬鈴薯にくぼみあり

  草に白蛾(はくが)ここはさつきもとほつたはず

  曼殊沙華青空われに殺到す

  兜虫一滴の雨命中す

  坂道の上はかげろふみんな居る

  すいつちよのちよがこめかみに跳びつきぬ

  墓守は箒と老いぬ藤の花

  冬空を鵜の群妣(はは)の国へゆくか

  白鳥の首をぐにやりと水より抜く

  血走れる眼球模型(がんきゅうもけい)敗戦日

  春の星この世限りの名を告ぐる

  月光に兵が往くその中に父


 奥坂まや(おくさか・まや) 1950年、東京都神保町生まれ。

   



撮影・中西ひろ美「梅雨入りの知らせはさらさうつぎにも」↑

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