上田秋成「ひが事をいふて也とも弟子ほしや古事記伝兵衛と人はいふとも」(『〈悪口〉の文学、文学者の〈悪口〉』より)・・


 井上泰至『〈悪口〉の文学、文学者の〈悪口〉』(新典社新書)、その「はじめに」の中に、


 文学者にも〈悪口〉は多く見受けられます。私の印象では、一般の人間より文学に携わる人間の方が、それを口にしがちです。文学には個性が要求される以上、こだわりを持つその作り手は、いきおい〈悪口〉が多くなるのでしょう。場合によっては、文学者自身の、あるいはその文学についての〈悪口〉は、その人物の文学の本質に裏側から迫る鍵ともなります。(中略)


 例えば、第7項「〈悪口〉の大家上田秋成」に、


 (前略)古代の神話と日本語の音韻について激しい論争を戦わせた本居宣長(もとおりのりなが)(一七三〇~一八〇三)に対しても、


 ひが事といふて也とも弟子ほしや古事記伝兵衛と人はいふとも 

  ー嘘まで言って弟子が欲しいのか。(宣長の代表作『古事記伝』と乞食をひっかけて、)乞食同様の人物だと悪口を言われても。ー

と悪意丸出しの狂歌を詠んで罵っています。これも学問上の論争の問題だけでなく、晩年の宣長に見られる自己のカリスマ化が、秋成には鼻に衝(つ)いて仕方なかったのでしょう。

 宣長は七十歳の祝いの際、自分の肖像に、

  敷島のやまと心を人問はば朝日の匂ふ山桜花

と書き付けて門人に配りました。この行いにhさ、死後も大和魂を象徴する桜と自己を重ね合わせ崇拝するように、という宣長の意図が透けて見えます。実際、祥月(しょうつき)命日にはこの画像を掲げて祈るように、遺言まで残しているのです。これに対して秋成は、宣長のことを「尊大のおや玉也」と切り捨て、それでも飽き足らず、次のようにやりこめます。

  しき島のやまと心のなんのかのうろんな事を又さくら花

  ー敷島のやまと心をなんのかのといい加減な説をまたほざいているよー

「咲く」と「ほざく」をかけたところがミソですが、宣長に対する秋成の〈悪口〉は執拗というほかありません。


とあった。その他、項目のみになるがいくつかの見出しを挙げておこう。

 「1 人格者芭蕉の〈悪口〉」、「3 流行作家西鶴への〈悪口〉」、「8 エトランゼ蕪村への〈悪口〉」、「10 江戸のコミックにおける〈悪口〉」、「12 プライドの人馬琴の〈悪口〉」、「13 作家が挿絵画家の〈悪口〉を言う時」、「15 江戸の女の「悪態」の魅力」など。



★閑話休題・・西山久雄「髪抜けて毛根同志もディスタンス」(『シルバー川柳12』より)


 公益社団法人全国有料老人ホーム協会、ポプラ社編集部編『シルバー川柳12 特売日手押し車でかっ飛ばす』(ポプラ社)、その「終わりに」に、


 (前略)日常と世相を描き出す「シルバー川柳」。コロナ禍だけでなく、災害や事故なsど辛く悲しい出来事も起こる現実を私たちは生きています。そんな中でも、川柳をご自身で詠んだり、他の方の作品を愉しんだりすることを通して、少しでも多くの笑顔の時間を見つけていただいきたいと切に願っています。


とある。ともあれ、本集の中より、いくつかの句を挙げておきたい。


  実は俺点滴、湿布の二刀流      桑田昭和 60歳

  ご送金待てど暮せど来ぬわが家    角貝久雄 86歳

  ご飯つぶ付いているから食べたはず  南 和男 81歳

  WEB予約予約できたか電話する    板垣 宏 65歳

  入れ歯どこ冷蔵庫です冷えてます   愛 植男 85歳

  結婚後オレの預金は使途不明     ゆずママ 61歳

  妻のメモ生前整理オレの名も     押野博明 70歳

  イビキなら男女差別の無い我が家  まあちゃん 78歳  

  あるのなら預けてみたい夫育園    リクママ 74歳

  セルフレジわかってますと口答え   髙木直子 79歳

  再放送生きてる人はだれだっけ    大島光子 79歳

  予習していどむ認知の検査の日   永井美智子 77歳

  三高はプライド血圧尿酸値     近藤真里子 59歳

  再会し老けたと云えず服を褒め   徳元てつお 76歳

  振り込めと言われたけれど金がない  雪ぼたる 74歳

  「ごゆっくり」言われなくても急げない 目賀紀子 74歳

  生きとるぞカーテン開けて無事知らす 重松敏雄 76歳



       撮影・中西ひろ美「春陰や運河のほかは動かざる」↑

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