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各務麗至「寒月光届けばあはし畳の上」(「戞戞」第164号より)・・

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  「戞戞」第164号(詭激時代社)、掌編は各務麗至「人は、一人ではなかった」。他に、俳句作品に、夏礼子「今日からの明日」50句、各務麗至「遠くまで来て」約70句。それぞれ、以下にいくつかの句を、愚生好みに偏するが挙げておきたい。   春愁タダイマルスニシテイマス         礼子    向日葵に好みの向きのありにけり   ほうたるの闇に落差のありにけり   龍天に登るゆるりと爪を切る   今日からの明日のわたしへ落花飛ぶ   手鏡を磨く憲法記念の日   汗のピッチャーいまだサインに頷かず   水仙の一輪は声あげにけり   暁の銀河よ父よけぶれるは            麗至   春おぼろにんげんにして人でなし   おんじきはたたかひはじめへうげ祭   にんげんはてふ混沌にして銀河   薄氷を踏んで此の世のふかさかな    雉子鳴くや志都一人てふ男ゐて    片陰や半顔鬼となりにけり   生きをれば百歳八月十五日   詔勅聴くからつぽ色の空の下      *「風に献ず」より   はるのかは   いし    くづれをり   しづかなり   ★閑話休題・・「ーAt the Border of  Lifeー 後期/李鐘協・河口聖・アヤコイサカ・楠本惠子・樋口慶子・宮塚春美」(於:ギャラリーK)・・   昨日、12月14日(土)、最終日に滑り込んだ。南越谷の住宅街にあるKギャラリーが気に入っているのは、広さもセンスも押し付けがまいしいところがなく、しかも斜め向かいにある「きっちゃてん」のコーヒー、紅茶もたっぷりで美味いからだ。店のたたずまいも気に入っていて、かならずこの「きっちゃてん」に寄ることにしているのだ。今日はシャッターが壊れているとかで「裏口からお入り下さい」と張り紙がしてあった。わざわざ入る人はいないだろう、と裏口に回って、厨房のそばを通って店に入ると、昼時とあってか、近所の常連さんで賑わっていた。              撮影・鈴木純一「死ぬとゆう                      済まないとゆう                      好きとゆう」↑

和田信行「舞台裏スイミー役の白い息」(「立川こぶし俳句会」12月13日)・・

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 昨日、12月13日(金)は「立川こぶし俳句会」(於:立川市高松学習館)であった。雑詠4句持ち寄り。以下に一人一句を上げておこう。   冬朝日戦時の空を彷彿す         和田信行   見え隠る廊下の奥や開戦日        井澤勝代    雪しまき巌をたたく日本海        伊藤康次    冬うらら佳き日柄かな姪嫁ぐ       三橋米子    古書店の時空漂う冬の夕         高橋恵子    医師の言う「経年劣化」寒日和      川村恵子    しぐるるや下りホームの鳩一羽      山蔭典子    黒き影峰におとして冬の雲        大澤千里    西会津錦明けゆく露店風呂        尾上 哲    冬落暉手を振り子等は叫びたり      大井恒行 次回は、一月十日(金)、立川市高松学習館にて。 ★閑話休題・・大木潤子「豹湖、/氷る水、」(詩集『遠い庭』)・・  大木潤子第5詩集『遠い庭』(思潮社・2023年5月刊)、第61回歴程賞授賞。本詩集は三部構成でありながら、それぞれの詩篇に題は付されていない。一冊の詩集名があるだけだが、中に、本集名に因む詩篇は、   鶏の  声のしなくなった  遠い庭  であろう。短い行の詩のみになるが、以下に、三、四篇を挙げておこう。   暗い径 (みち) で、鳥たちが   私の知らない歌を  鳴き交わしている  砂の、流れる音が  雨のようだ  鳥が運ぶ  砂の影  沢の音がして  しかし水はないのだ  光が  水のように流れていた  霧が束になって、  こちらに向かって歩いてくる  その顔のひとつひとつが見分けられる。  どの顔も  かつて生きてはいない、  誰もいない、  浜に風が吹いていて、その  風を  聞く人がいない  大木潤子(おおき・じゅんこ) 詩集『遠い庭』(第61回歴程賞)、『わたしの知らない歌』『石の花』『有性無生殖』『鳩子ひとりがたり』。       芽夢野うのき「山茶花のひかりのなかにすっと入りぬ」↑

北夙川不可止「天鵞絨(ビロオド)の毛竝撫づれば喉ならす吾が黒猫よその名ぬばたま」(『ぬばたま』)・・

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 北夙川不可止『ぬばたま』(エディション・エフ)、跋文の寮美千子「永遠の幼子 伯爵」の中に、   「北夙川といいます。いつもこんな格好をしているので,『伯爵』と呼ばれています」  そう自己紹介をした彼は、なるほど、三つ揃いの背広に懐中時計、仕立てのいいワイシャツに片眼鏡と、いかにも「伯爵」というあだ名にふさわしい出たちだった。 (中略)  伯爵と短歌との出会いもまた「刑務所」がきっかけだった。実はかれは二十九歳から三十四歳まで、五年間を獄中で過ごしている。 (中略)   一九九四年の三月のことだったという。「北夙川という筆名はこのときつけました。下の名前の不可止は石井先生が『男の子がうまれたらつけるつもりだったのだけど、女の子しか生まれなかったから』とくださったものです」  五月には、投稿した歌が早くも佐佐木幸綱氏の朝日歌壇に載った。誘われてアララギに。十月号から投稿開始、投稿した十二首のうちいきなり四首が掲載された。それから五か月間連続で特選になり、「獄中から彗星のように現れた新人」と話題を呼んだ。 (中略)   強い好奇心を持ち、好きなものにまっしぐらに駈けてゆく。一切の忖度なしに批判の声を上げる。成熟した大人の美の感受性と深い教養を持ちながらも、彼はまるで、どこまでも無垢な幼子のようだ。この地上は、彼にとって永遠の遊び場なのかも知れない。百五十歳まで生きると豪語する幼子に、永久に栄えあれ!   とあり、北夙川不可止の自跋には、  短歌を始めたのは千九百九十四年の春先のこと。 (中略) 師は故石井登喜夫先生。『アララギ』の撰者・編輯委員でいらした。吾が父は七ヶ國語ほどを自在に操る語學の化け物なのだが、その父に最初の英語の手ほどきをしたのが黨時發足したばかりの新制中學の代用教員をしてゐた石井先生なので、親子二代に亙る弟子といふことになる。但し、小生は関西語しか話さないが。 (中略)  小生はオープンリーゲイである。最近よく聞く言葉でいへば、LGBTの一員といふことになる。だからといつて殊更に「ゲイ歌人」を名乗りそれを「賈り」にしたくはない。小生がゲイであることは小生が日本人であり關西人であることと同じく、小生の属性の一つに過ぎないからだ。   とあった。扉に 「こころより愛した黒猫、ぬばたまに献ぐ」 の献辞がある。ともあれ、本集よりいくつかの句歌を挙げておきたい(...

大屋達治「満月や床にころがる糖衣錠」(「俳句四季」12月号より)・・

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   「俳句四季」12月号(東京四季出版)、特集は「俳句四季新人賞・奨励賞受賞記念作品/新人賞最終候補者競泳5句」。筑紫磐井「俳壇観測 連載263」は「少しも衰えない虚子研究ーー生誕一五〇年を迎えて」、坂口昌弘「忘れ得ぬ俳人と秀句 第69回・會津八一」、青木亮人「句の手触り、俳人の響きVol8.62―現代俳人スケッチー品川鈴子と『ぐろっけ』15」、井上泰至「俳句の詩語 イメージ辞典 ⑫世」。「人と作品」は広渡敬雄『全国・俳枕の旅62選』、「俳句と短歌の10作競詠」は杉山久子VS辰巳泰子など。ともあれ。本誌本号より、いくつかの句歌を挙げておこう。    鍵束に用なき鍵も冬の星          杉山久子    電飾が樹木をさらに暗くした もともとくらい いのちというは   辰巳泰子    富士晩照さて冬支度死支度         遠山陽子    人白くほたるの森へ溶けきれず       浅川芳直    星残す初東雲に夜汽車着く         星野 愛    腕のなか死して鶏重くなりぬ       関戸灯之介    星冴ゆる硝子の花に積もる塵        加藤幸龍    河骨や芦雪の犬の浮かみくる        中西亮太   永遠に浮かぶ枯野のフリスビー       加藤右馬   結縄の簗を傷むる数へ歌          斎藤秀雄    日を孵す鳥は名の木の名に溺れ        未 補    木目濃き兜太の机大花野         渡部有紀子    冬枯の生死を分くる未明かな       大竹多可志    この口もいづれ死のもの桃吹けり     鳥居真里子    日進月歩裸木になるために         松澤雅世    川底に自転車建国記念の日         東 國人         撮影・鈴木純一「大人びて名は何とやら四日月」↑

坪内稔典「ヤツとオレ日本菫学会員」(「NECOMACHI/猫町」No,10より)・・

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  「NECOMACHI/猫町」NO.10(発行人:三宅やよい・編集人:赤石忍)、表2には、    馬    軍港を内臓してゐる。        北川冬彦『戦争』より  の献辞がある。ともあれ、本誌本号より、一人一句を挙げておこう。    元カレと今カレとあとズッキーニ       芳野ヒロユキ    辿り着く釣瓶落しの只中に            きゅうこ   マッサージチェアーごりごりそこが夏至      静 誠司    遺書を手に取り虹に混ぜてください        杉山魯罎   木椅子にもボクにも影があって秋         坪内稔典    鳥肌でサメ肌ではないそぞろ寒          赤石 忍    無言華という花の香や夕涼み           今泉秀隆    まばたきをしない一日菊人形           近江文代    春休み九九のできない九官鳥            沈 脱    書割の端っこあたり春隣             藤田 俊    今に見ろ全身キノコになってやる      おおさわほてる    柿齧るわたしのなかに棲む猿と         三宅やよい   冬晴れのそうしてそれが最後とは         諸星千綾    流れ星眠りの深いハイエース           山﨑 垂 ★閑話休題・・映画監督・脚本 小原浩靖『原発をとめた裁判長/そして原発をとめる農家たち』・・  このリーフレットの最後に、小原浩靖は、 「この映画を作ることは、樋口さんの分身を創るこちでもある。日本中を駆け巡り講演会を行う樋口さんではあるが、体はひとつだ、映画という魔術hさ樋口さんを何百人、何千人にも分身させられる。そんなロマンチックなことを考えながら作ると盛り上がることこの上ない」 と記す。樋口さんとは樋口英明(福井地方裁判所 元裁判長)である。「 2014年5月21日、関西電力大飯原発3・5号機の運転停止を命じる判決を下した。さらに15年4月14日、原発周辺地域の住民ら9人の申し立てを認め、関西電力高浜原発3・4号機の再稼働差止の仮処分決定を下した 」。彼は「原発の危険性を知ってもらいたくて」の中で、   原発の仕組みは私たちの常識とはかけ離れています。火力発電は私たちの常識通り、地震が襲っても火をとめればすぐに安全になります。しかし、原発では核分裂反...

中村堯子「海面に暗き膜あり鵙のこゑ」(『布目から雫』)・・

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   中村堯子第4句集『布目から雫』(ふらんす堂)、「あとがき」には、   『布目から雫』は、「ショートノーズ・ガ―」につづく私の第四句集です。平成二十四年より令和五年までの作品から三三一句を選び一集としました。  句集名は、〈四万六千日布目から雫〉の一句から貰いました。  とあった。愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておきたい。   胡瓜揉む苛つく日の苛つく指          堯子    老班を手の花柄に冬ごもる   船出あるほかは花木もなき遅春   蝶々の流し目上手吸ひ上手   渇きゆくしかなし雨後の蟻地獄   俎板始ぐにやぐにやのものぐにやり   春寒し同じところで跳ぶ烏   日は無音五色椿に花少な   さよならといふ語はひろし鳥渡る   アスファルト打つ雨硬し鳥の恋   章魚に疣写真いつしゆんごとに今  中村堯子(なかむら・たかこ) 1950(昭和20)年、京都生まれ。 ★閑話休題・・西川百百代「七五三写真の吾子は母となり」(「朝日俳壇」2024年12月8日より)・・  朝日新聞・12月8日(日)「朝日俳壇/大串章選」の10句目に入選した句である。聞けば、「豈」同人中島進の奥方らしい。目出度い!! たぶん、七五三のお参りに際して、記念に撮った家族写真の一枚をご覧になっていて(あるいは飾って置いてある)、その娘もいまでは母になっている。つまり、娘の子・孫の七五三のお祝いをされ、色々のことを思い出されているのだろう。それが感慨深いのだ。          撮影・中西ひろ美「ふれもせで並ぶ祠の冬ふたつ」↑

しなだしん「ふくろふの森にあたまを置いてきし」(『自註現代俳句シリーズ・13期26 しなだしん集』より)・・

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   自註現代俳句シリーズ・13期26 『しなだしん集』(俳人協会)、その「あとがき」には、   俳句に手を染めて四半世紀以上が経つ。思えば「青山 (せいざん)」 を母港とし、多くの出会いを得て、幅広い俳句の海に遊ばせて頂いた。  本集には、句集『夜明』『隼の胸』『魚の栖む森』さ作品を主として収録。  とあった。自註例を二、三紹介して、その余は句のみなるが挙げておきた(所収原句は総ルビ)。     ゆく夏やギターケースに硬貨投げ      平成一三年作  ギターをはじめたのは中学生の頃。バンドでプロを目指したりもした。  路上ミュージシャンに、自身の一つの時代の終わりを見た思い。    詩が降つてくる神留守の桟敷席       平成二三年作  神保町「さぼうる」でのヴォ―カル蜂谷真紀さんと、ウッドベースのみのライブ。  独創的な声と演奏に触発された。    初夏のピアノはだかにされてゐる      平成二六年作  むかしピアノの調律師を生業としていた。調律ピアノの化粧板を外して行う。  それを「はだか」と称した。「初夏」が効いたかどうか。    背番号なき選手にも秋高し    風師走 (かぜしわす) ぶつかりたがる人ばかり    夏蝶の夜はしなしなとしてをりぬ    海がめの背のつめたさと沈みゆく    半島も海もさかさに鳥の恋    有 (あり) の実をからだの水に移しけり    殴られて殴られて殴りかへして麦の秋    わらはないはだか笑つてゐる裸    虹といふこゑの波紋のなかにをり    或るあしたすず虫ららと死にたまふ    路線図の線が七色みなみかぜ    縄跳を抜けて転校してゆきぬ    蛇行するとき春水のにぎはへる   しなだしん 1962(昭和37)年、新潟県柏崎市生まれ。 ★閑話休題・・「齋藤隆展ー傘寿を超えてー・2024年12月6日~14日(土)・12時~19時/最終日17時まで」(於:柴田悦子画廊)・・               柴田悦子氏・齋藤隆氏・愚生↑  リーフレットの中に江尻潔(足利市立美術館次長・学芸員)は、     この度、齋藤隆氏は中国清朝の詩人袁枚 (エンバイ) の詩「悪老」(老いを憎む意)に触発され、自身の老いを見据えて版画を創作した。 (中略)  事実、版画の刻線は迷いがなく美しい。  老いからも「美」は生まれる...