しなだしん「ふくろふの森にあたまを置いてきし」(『自註現代俳句シリーズ・13期26 しなだしん集』より)・・

 

 自註現代俳句シリーズ・13期26 『しなだしん集』(俳人協会)、その「あとがき」には、

 俳句に手を染めて四半世紀以上が経つ。思えば「青山(せいざん)」を母港とし、多くの出会いを得て、幅広い俳句の海に遊ばせて頂いた。

 本集には、句集『夜明』『隼の胸』『魚の栖む森』さ作品を主として収録。


 とあった。自註例を二、三紹介して、その余は句のみなるが挙げておきた(所収原句は総ルビ)。


   ゆく夏やギターケースに硬貨投げ      平成一三年作

 ギターをはじめたのは中学生の頃。バンドでプロを目指したりもした。

 路上ミュージシャンに、自身の一つの時代の終わりを見た思い。


   詩が降つてくる神留守の桟敷席       平成二三年作

 神保町「さぼうる」でのヴォ―カル蜂谷真紀さんと、ウッドベースのみのライブ。

 独創的な声と演奏に触発された。


   初夏のピアノはだかにされてゐる      平成二六年作

 むかしピアノの調律師を生業としていた。調律ピアノの化粧板を外して行う。

 それを「はだか」と称した。「初夏」が効いたかどうか。


   背番号なき選手にも秋高し

   風師走(かぜしわす)ぶつかりたがる人ばかり

   夏蝶の夜はしなしなとしてをりぬ

   海がめの背のつめたさと沈みゆく

   半島も海もさかさに鳥の恋

   有(あり)の実をからだの水に移しけり

   殴られて殴られて殴りかへして麦の秋

   わらはないはだか笑つてゐる裸

   虹といふこゑの波紋のなかにをり

   或るあしたすず虫ららと死にたまふ

   路線図の線が七色みなみかぜ

   縄跳を抜けて転校してゆきぬ

   蛇行するとき春水のにぎはへる


 しなだしん 1962(昭和37)年、新潟県柏崎市生まれ。



★閑話休題・・「齋藤隆展ー傘寿を超えてー・2024年12月6日~14日(土)・12時~19時/最終日17時まで」(於:柴田悦子画廊)・・




              柴田悦子氏・齋藤隆氏・愚生↑

 リーフレットの中に江尻潔(足利市立美術館次長・学芸員)は、

 

 この度、齋藤隆氏は中国清朝の詩人袁枚(エンバイ)の詩「悪老」(老いを憎む意)に触発され、自身の老いを見据えて版画を創作した。(中略)

 事実、版画の刻線は迷いがなく美しい。

 老いからも「美」は生まれる。それは老木が小さな花をつけるのと似ている。あたかも、自ら楽しむために咲いているように見える。

 氏の自刻像は古木にひっそりと咲く花のようだ。彼は自身の老いを憎みつつ愛でている。己のために咲き継いでいるのである。


 と記している。ちょうど今日はこれから、福島に帰られるという齋藤隆氏にお会いすることができた。画廊主の柴田悦子さんと三人で写真を撮ってもらった。良い時間を過ごさせていただいた。会期は今週いっぱいある。是非、お出かけいただきたい。



        撮影・鈴木純一「焼酎が遺産と聞くや色めいて」↑

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