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夏石番矢「枝々の傷口から春を呼ぶ声」(『見えない王冠 Invisible Crown』)・・

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  夏石番矢句集『見えない王冠 Invisible Crown』(Cyberwit .net)、序文はDr.カルネッシュ・クマール・アグラワル(編集主幹 /Cyberwit .net)、以下、日本語部分のみになるがを記しておこう。   世界が沈黙の緑に傾くとき、そこに冠がある。それは黄金でも栄光でもなく、俳句のための「不在」の冠である。「見えない冠」は何も重さを持たないが、すべての重みを担っている。悲しみが記憶へと変わること、喪失と憧憬、崩れ去り静かに再び築かれる世界の残響を含んで。   夏石番矢の俳句は単に観察するのではない。それは現実に対峙する。切迫し、生々しく、ときに渾沌としているが、唯一の明晰さに根ざしている。このページを貫く「見えない冠」は、象徴であり、証人でる。それは人間の精神が不在に耐えうることを思い出させ、沈黙そのもが重みを持ち、静止の瞬間が一生分の感情を含みうることを示す。 (中略)   またこの本は、俳句が単なる紙の上の言葉ではなく、実践であり、反映であり、自然と共に生きることなのだと思い出させる。  結びに、私はこう言いたい。夏石番矢は世界全体に向けて一つの教訓を示している。それは平和、統合、そして人類を結びつける静かな力の教訓である。  とあった。集名に因む句は、        大都市封鎖みんなの頭上に見えない王冠   Big cities in lockdown   the invisible crown          on everyone's head   見えない王冠あらゆるものを空位とす   The invisible crown          makes everything          vacant    などであろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、以下に、いくつかの句を挙げておこう(日本語のみ、英訳略)。    氷の私が氷の鬼を追い回す          番矢    月面への一歩と月面からの一歩   汚れれた優先席から墓場までの近道   塔人間を作っているのも塔人間   見える戦争見えない戦争炎天下   間違える故に我あり芋焼酎   靴裏で泥と枯草しばし休憩...

水崎野里子「春寒く/花の蕾も/開かずに/瓦礫に雪の/白き屍衣見ゆ」(『平和の葉っぱ』)・・

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  水崎野里子日英句集『平和の葉っぱ』(コールサック社)、解説は鈴木日佐雄「地球の冷えを温める平和の葉っぱを飛ばす人ー水崎野里子日英句集『平和の葉っぱ/A Leaf of Peace』に寄せて」、その中に、   詩人・歌人・翻訳家・評論家の水崎野里子氏が、初めての句集である日英句集『平和の葉っぱ/A Leaf of Peace 』を刊行した。本書は水崎野里子氏の多様な表現の試みが至りついた、とてもシンプルで最も重要な思いを宿した日英句集と言えるだろう。コールサック社の英語翻訳において水崎氏は2007年に『原爆詩人一八一人集』英語版の翻訳、2010年にディヴィッド・クリーガー日英詩集『神の涙——広島・長崎原爆 国境を越えて』の翻訳、2021年にラングストーン・ヒューズ英日選詩集『友愛・自由・夢屑・霊歌』の翻訳などを手掛けた。そのヒューズ英日選詩集の解説文で私は次のように翻訳者としての足跡や考え方を紹介した。 (中略)   水崎野里子氏の3行俳句は詩であり「手紙」であり、その「手紙」は「平和の葉っぱ」であり、それは「憎しみの壁」を打ち砕き国境を越え、「地球の花冷え」の村や町へ平和で温かな心を届けたいと願っている。私は2か国語で表現された日英句集『平和の葉っぱ』がクリーガー氏のような世界平和を探し求める人びととのところに飛んでいくことを夢みている。   とあった。ともぁれ、本書より、いくつかの句を挙げておこう(途中英訳を付さず)。    河の神       the river gods   山なる神も     as well as mountain gods   熱の神       heated demons    広島と       A-Bombs of   長崎原爆                          Hiroshima and Nagasaki   季語と化し                      seasonable word in haiku         わ...

永田浩三「なんじゃもんじゃ ペルシャに白袋積みあがる」(「俳人『九条の会』新緑のつどい」より)・・

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                  永田浩三氏↑   4月25日(土)は「俳人『九条の会』新緑のつどい」(於:林野会館)だった。2名の講演者は、栗原淑江(ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会事務局)「被爆者たちの運動と日本国憲法」と永田浩三(社会学者・ジャーナリスト)「今こそ平和を求めて・俳句は原爆と戦争をどう描いてきたか」。主要な著書には、以前に、本ブログでも紹介した『原爆と俳句』(大月書店)『ベン・シャーンを追いかけて』(同前)など。また、映画『闇に消されてなるものか・写真家 樋口健二』などがある。  ともあれ、講演のレジメに沿ってのテーマと挙げられた句のいくつかを以下に挙げておこう。 1世界各地で今も戦争と虐殺が続く   爆煙の中に 夕陽の沈みゆく       リタ・オデ(パレスチナの俳人)    地下壕に 紙飛行機や 子らの春     ウジスラバ(ウクライナの俳人) ・戦争を詠む    弟を還せ天皇を月に呪ふ         長谷川素逝(未公開作)   ・京都大学滝川事件(1933年)、京大俳句が誕生    戦火遠し いのち死なんとして静謐    橋本雅子    紀元節学生の列 我行かず       樋口恵美子   戦死せり 三十二枚の歯をそろえ     藤木清子    特高が擾 (みだ) す幸福な母子の朝    中村三山 ・1940年「京大俳句」が治安維持法違反 特高が牙をむく    戦闘機 ばらのある野に逆立ちぬ     仁智栄坊              (ロシア語で「ニチェボー」問題ない) ・敗戦 8月15日の俳句    てんと虫一兵われの死なざりし      安住あつし    玉音を理解せし者前に出よ         渡邊白泉  ・原爆投下 敗戦直後から検閲 それでも表現者はいた    日の暑さ死臭に満てる百日紅        原 民喜    とんぼう、子を焼く木をひろうてくる   松尾あつゆき     かの日 神 追い詰められし 黒の雨    野田 誠    蝉鳴くな正信ちゃんを思い出す       行徳功子(10歳の遺作)    広島や卵食ふ時口ひらく          西東三鬼    広島や死の影見よとマッチ擦る      仁科海之介    耳鳴りのふいに軍歌となる炎天      伊達みえ子 ・さまざまな原爆川柳    黒焦げの母...

西野洋司「立葵その葉を犬が食べるとは」(「つぐみ」No.228・2026年4月号より)・・

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 「つぐみ」No,228/2026年4月号(編集発行 つはこ江津)、ブログタイトルにした西野洋司「 立葵その葉を犬が食べるとは 」(2020年7月号)の句に、打田峨者んは以下のように記している。   たとえ幽明を別つとも表現者にあっては作品が世に遺されている限り、対 (むか) い合える。西野氏は「米寿」「鎌倉」「ガーデニング」という措辞から天寿を全うされた、晴れやかな老年を過ごされた人という面影が出 (いで) る。  ——誠に勝手ながら下五の末「とは」が「久遠 (とは) 」と解させて頂く。立葵は私の一押しの野辺の花で、それは原初的開花の一原型。まづ以って花屋にはおいていない。その葉を犬が餌として好むとは露知らず私は生きて来た。永遠 (とは) の犬が静かに立葵の葉を食 (は) み続けるというエンドレスな幻影が、自分勝手な眩暈 (めまい) を醸し出し、私を暫し陶然とさせるのだ。御免下さい、西野洋司さん。会いたかった。  とあった。ともあれ、本誌より、以下にいくつかの句を挙げておこう。    蝌蚪死して惑星の水にごりそむ         川森基次(俳句交流)    原発事故できなかった福笑い         ののいさむ    山茶花や大きな白い犬が行く          蓮沼明子    藪つばき道づれのない心地して         平田 薫    魚を待つ翡翠一羽杭にいて           宮本英司    川沿いの雪柳一筋ひかる            八田堀京    春の雨すべての音をぬらしけり         渡辺テル   あんどろめだ聖人の嘘「鳥帰る」       わたなべ柊    三月や桃色煙る明日であれ           有田莉多    春の泥つけ八歳のわたしがいる         井上広美    臍なしマネキン ビキニショーツは国防色 (カーキいろ)                        打田峨者ん    雪は降る背中のシーラカンスなく     おおさわほてる    春すずめ体のなかは風ばかり          金成彰子    鷹匠の手なる木兎花の影             楽 樹    あるかいっく・すまいる かわず啼くゆうべ    伍 宇    どこまでも下りるきざはし春の雨       つはこ江津    分葱のぬた卓袱台 (ちゃぶだい)...

前田霧人「歳時記は季題の墓場秋の暮」(「無限」第7号)・・

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 「無限」第7号(無限俳句会)、米岡隆文「黙思録(其の七)/アフォリズム風に(令和七年五月~令和八年一月)」の中に、 (前略) ◎生命の進化には非生命と言われているウイルスが 関わっている。  象の鼻が長いのもキリンの首が長のも、ウイルスがそれぞれの遺伝子へ潜り込んだ結果かもしれない。種としての象やキリンが自らの意志でそうなったとしたら大変なことである。意志決定論か環境決定論かと論争する必要はない。象の先祖の遺伝子に色々なウイルスがついた。 (中略 )この度の新型コロナウイルスは発熱等呼吸についた。一番の変異は脳へのものでろう。変異発祥の地である中華人民共和国も、大量にワクチンを作ったアメリカ合衆国も、違うワクチンのロシアも、その後、脳の前頭葉に変化が起こり国民人民が好戦的になった。ロシアのプーチンはその最たるものである。共産主義国の中国の習近平しかり、民主主義国アメリカのトランプまでもが独裁者となり果てた。コロナ禍は頭脳を犯したのである。 (中略) 他の領土を自国化するという意味で、コロナ禍以降、世界は第三次世界大戦の前哨戦に入っている。 〈結論〉生物の進化はひとえにウイルスによる気まぐれである。その気まぐれによって人類は右往左往している。  とあった。 また、前田霧人「新季題通信/季語の墓場」には、 (前略) 例外はあるが、一般に新季題の例句は新季題の歳時記初出に先行する。また、新季題を育て定着させるのは佳い例句である。拙文が右掲のような歳時記により違いのある季題や、どの歳時記にも記載のない純然たる新季題の句作に挑戦する何かのきっかけになれば幸いである。  (二)青春(春) 「青春」は中国の五行説(色)で青は春に当たることに由来する季題で、『太平御覧』に「梁元帝簒要日、春亦日発生、芳春、青春、陽春、九春」とある。 (中略)  「青春」は「青陽」、「青帝」、「東君」、「発生」、「献節」などのようなナイナーな「春」の傍題ではない。「夢や希望に満ち活力のみなぎる若い時代を人生の春にたとえたもの」(『デジタル大辞泉』)として現代的な魅力溢れる言葉でもある。大歳時記のみならず中小の歳時記にも記載して大いに詠んでもらいたいものである。  青春の仏のかほと見まゐらす     竹下しづの女  青春や酒量ふえても背に翼        江里昭彦  青春や星を突く銛さがすごと    ...

折原ミチ子「風光る棚田を廻る霊柩車」(第196回「吾亦紅句会」)・・

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  4月24日(金)は、第196回「吾亦紅句会」(於:立川市高松学習館)だった。兼題は「燕」。以下1人一句を挙げておこう。    燕来るアイドルを待つコンコース      関根幸子    金髪と伊達のマスクと春コート       須崎武尚    葉桜や制服少し着くづして         渡邉弘子    修司忌や出るに出られぬかくれんぼ     齋木和俊    人の目が監視カメラや燕の子        田村明通   葱坊主今日はどこぞへ風まかせ      吉村自然坊     獄窓の木立日毎に芽吹きけり        松谷栄喜     和菓子店洋菓子増えし古茶新茶      折原ミチ子   藤棚の下で子供等昼ご飯          武田道代    未来図に消えゆく君や朧月         村上さら    じっと待つただひたすらにひなつばめ   三枝美枝子    しゃくなげの大輪咲きし蝶が舞い      高橋 昭    かりそめの平らに和 (な) ぎぬ初燕     大井恒行  次回は、5月22日(金)、兼題は「風薫る」。 ★閑話休題・・佐藤幸子「寄りかかる猫の重さや寝正月」(「図書館俳句ポスト/1月選句結果」)・・  現代俳句協会主催「図書館俳句ポスト」(選者ー太田うさぎ・岡田由季・寺澤一雄)の1月選句結果。題は「悴む」&自由句。愚生の関わっている句会の方々の入選句を以下に挙げておこう。    パーで勝つジャンケンポンの悴む手     西村文子    やれることやりたきことや初御空      井澤勝代    悴む手開く朝刊また戦火          渡辺弘子    撮影・鈴木純一「不知火のあばたえくぼで医者知らず」↑          4 月 8 日   ケーシー高峰   没   (1934 ~ 2019 )

桑原正紀「幾本もの管につながりしろじろと繭ごもる妻よ 羽化するか、せよ。」(『妻へ。千年待たむ』(復刻版」)・・

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  桑原正紀歌集『妻へ。千年待たむ』(笠間書院)、本歌集は、短歌研究社(2007年)刊行の復刻版である。その帯に、荻野アンナは、   介護の歌は、同時にみずみずしい恋歌でもある。  倒れた妻の回復を千年でも待とうとする夫。   不可能な愛を切々と詠った珠玉の歌集。  と記している。また、初版の短歌研究社版の帯文の高野公彦には、   「妻よ、汝 (な) が命この世にとどまれと汝がたましひはいづこさまよふ」  といふ切実な悲しみの歌。  「耳もとで汝が名を呼べどしんとして古 (ふる) 深井戸のごときその耳」  といふ深い怖れを詠んだ歌、激情に走らず、どれも優しさに満ちた歌ばかりである。苦しみの日々を歌ひながら、かへつて周りの人々に対する柔らかい光源となつてゐる。桑原氏の作品群を私は高く評価したい。  とあった。そして、復刻版「あとがき」には、  二〇二四年五月十三日夕刻、力尽きたように妻の心臓は止まった。五十六歳のとき倒れてから十九年余、あと二ヶ月で七十六歳の誕生日を迎えようというところであった。 (中略)  こ の十九年余という時間が長かったのか短かったのか。どうにも不思議な感覚が私の中にある。本稿「はじめに」で書いた通り、その後の新しい記憶はいっさい留めないという症状は結局改善しなかった。そのせいで、彼女との会話はおのずから倒れる前の過去に限定されることになり、いま起こっていることを話題にしても、数分で話がつながらなくなる。また、自分になにが起こり、いまどういう状況におかれているのかという認知力も思考力も回復せず、文字通り〈いま〉という時間の中だけを生きているという状態のままの十九年であった。そんなわけで、仕事帰りに病院に寄って彼女と過ごす数時間は、小さなタイムスリップを日々繰り返しているような感覚だったのだ。私の中を一日流れた時間は無かったことのように、共有できる過去の時間の中に帰ってゆくのである。 (中略)  本書の「まえがき」に記した通り、妻というより同志と呼ぶにふさわしい女性であった彼女のために、もういちどその存在の証を世に印しておいてやりたいという思いもあった。人間を愛し、生徒を愛し、自己犠牲に満ちた教師であった彼女へのオマージュを、版を新たにして捧げたいと思った次第である。  なお、昨二〇二五年秋に出した歌集『麦熟るる頃』にも、折にふれて彼女を詠...

谷口智行「春光や大河をくだる柩舟」(「運河」5月・終刊号)・・

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 「運河]5月・終刊号/第79巻第5号(運河俳句会)、追悼特集に「感謝 茨木和生先生」。茨木和生を語るに渾身の、保存版となる貴重な一冊である。谷口智行「『運河』終刊のこと」には、   「運河」は創刊七十年にわたり、多くの方々に愛され、良き俳縁に恵まれてまいりましたが、本号をもちまして終刊とし、運河俳句会の活動を終えます。全ての会員には、四月上旬、封書にて報告をさせていただいております。 (中略)   しかしかねてより懸念しておりました私自身の健康上の問題が深刻化し、主宰兼編集長という一人二役のままで「運河」誌を継続することは困難と判断しました。 (中略)   この五月を以て「運河俳句会」は活動を閉じます(五月予定の「句集祭」は計画通り実施します) 。   「運河」の最高責任者として、地域医療を担う医師として、疾病をかかえる家庭人として、熟慮に熟慮を重ね、私自身が下した苦渋の決断です。  とあった。ともあれ、以下に本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    炎天の三重より奈良へ歩き出す       山口誓子    遠く聲掛け合ひ鳴子はづしをり       右城暮石      干魚の眼が抜けゐたり熊野灼く       茨木和生    正月三日どろりと島田牙城くる       谷口智行    獅子舞の足の男と酌み交はす        山口素基     含み声なれど確かに鳥の恋         藤勢津子    山里にずらり裃御朝拝          森井美知代    炎の字力にどんどの火よあがれ       水野露草    見映えよき験の杉を神の前         田邉富子    畦道も小笹はびこり指艾 (さしもぐさ)   松村幸代    吉兆の鯛は金貨を咥へたる         広田祝世    雪空に御歳の湯玉はじけたる        髙松早基子    蠟梅やなぞへの先に海光り          堀 瞳子    氷室社へ抜け道のあり日脚伸ぶ        大石久美    鳴る海に鯨の骨を掘り出せる        福田とも子    南草も和生も亡くて七日粥          永田英子   ものの芽や紐でつながる観音像        中村敏之    春菊の小鉢ごめんの置手紙          早川 徹    おかげ晴なり先生の山桜           黄土眠兎    気...

谷川俊水「芭蕉騒ぐ一夜はあいつの夢ばかり」(「俳壇」5月号より)・・

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  「俳壇」5月号(本阿弥書店)、特集は「師系の力」。執筆陣は、総論に今瀬剛一「師は大切」、大井恒行「師系は詩精神」、片山由美子「師弟・師系・流派」、星野高士「世代を超える」、神野紗希「師系というカテゴライズの終焉」。エッセイに千々和惠美子、仲村青彦、谷口愼也、矢作十志夫、武藤紀子、中根美保、飯田晴、鈴木章和、陽美保子。なかでは神野紗希は、   一九九九年の夏、高校一年生だった私は、当時立ち上げられたばかりの俳句甲子園がきっかけで俳句を始めた。以後、明確な師系をもたず結社に入らず書き続けてきた。(中略)  そうして俳句を続けていると、最近の若者は結社に入らない、と折々話題にされたが、逆に結社が入りたい場所たりえているのか、という問いの方が重要だろう。正岡子規だって、師系とは違うところから新たな文脈を作り出したのだし、理想的な場が必ずしも既に在るとは限らない。 (中略)   ふたつめは、急速に進んだインターネットの普及だ。ブログやSNSなどを使えば、個人でも考えを発信し人と繋がれるようになった。誰でもどこでも自由に書いて読めるというのは、まさに革命である。メディアが変わるとき、思考構造も変わる。 (中略)   本来、私たちの関係性は、師系で割り切れないほどに複雑で多様に絡み合っているはずだ。であるならば、師系の明記で俳人をカテゴライズ/ラベリングするという大雑把で不完全な認識の仕方は、そろそろ終わらせてもよいのではないだろうか。     他に、新連載で正津勉「谷川俊太郎俳句嬉遊」第2回。その中に、 (前略)  事果ててすっぽんぽんの嚏かな   一九九六・一二  これの評釈として、余白句会の世話係・井川博年(号・騒々子)の句会報告記、これが大笑いもの。  「こんなもの誰が点入れるのか、に騒々子、敢然として地を入れる。これがいいのです。 騒々子、今回の選のコンセプトはグロテスクと馬鹿笑いである。……「事果てて」が凄い。他に言いようがないのかねぇー。虚脱している男の間抜け面が目に見えるようで、これは他に言いようがない。川柳に破礼句の分野あり、男女間の性愛を詠む。ここでも近世以降は傑作なし。やはり江戸期の「風流末摘花」などでその手のものは尽きています。この句などはだから新しい。俊水、字余り句は作るは、自由律句を作るは、バレ句は作るは、自由奔放、といえば聞こえはいいが、要はムチ...

甲斐由起子「永眠の前の熟睡や水温む」(現代俳句文庫『甲斐由起子句集』より)・・

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   現代俳句文庫Ⅱー6『甲斐由起子句集』(ふらんす堂)、帯に、     かなかなやしづかに時の醸さるる  ●収録作品/句集『春の潮』抄/『雪華』抄/『耳澄ます』抄  ●エッセイ/楸邨のシルクロード  ●解説/有馬朗人/藺草慶子/仁平 勝  ●季語別索引付  とある。仁平勝の解説「取合せの『上手』」の中に、 (前略)  雪舞ふも止みしも知らず大晦日     ひぐらしの翅も掃き寄せ野分あと  それぞれ「雪」と「大晦日」、「ひぐらし」と「野分」の取合せである。どちらも季重なりだが、二つの季語をつなぐ取りはやしの妙によって、大晦日なり野分後の情景がリアルに表現されている。  とりわけ一句目の〈舞ふも止みしも知らず〉は、取りはやしとして秀逸である。大晦日の多忙さだけでなく、年が明けて雪に気づいた元日の清々しい気分が伝わってくる。  いいかえれば、俳句の場面を切り取るのが巧いということだ。 (中略)     色鳥の散らせる羽根を栞とす  「色鳥」をこう詠むか。なかばフィクションという気もするが、そういう〈栞〉を想像すると、つい納得させられてしまう。  とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。       悼 井本農一先生   残されしもの時雨の話など少し        由起子    大花野叱られたくて牛後る   花の色移れる骨や雪あかり   諸子焼く火のうつくしき淡海かな   秋の水河童も雲も棲まはせて   夢醒めてなほ夢の世や西行忌   末法の空よりふくら雀かな   燃えのこる葦に息ある末黒かな   冬帽子新品にして形見なる   白鳥の頸愛し合ひ憎み合ひ   日と月と同じ空なる余寒かな   亡き母へ供へし桃を父に剥き   樹々芽吹く気配に生きてゐる父よ   死者よりもわが手冷たし春暁   涸川のわが身をとほる音すなり   白雲のつづきにひらき朴の花  甲斐由起子(かい・ゆきこ) 1964年、神奈川県生まれ。     撮影・芽夢野うのき「ひとまずのほほづえ午後の春深し」↑

夏木久「砲弾の一瞬俯瞰する平和」(『風詩夏伝・巻三』)・・

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  夏木久第7句集『風詩夏伝・巻三/人生(たび)の空から*BUSONの旅を試行錯誤』(私家版)、「序に代えて1」には、  おゝ飛行がもはや/それらの目的をももって/天空の静寂の中へ/自らに満ちたりつつ昇りゆき//成功した機械として/鮮やかなプロフィールを描きつつ/しなやかに、悠々と翼を振りつつ/風の愛人を演じることをやめるようになる時はじめて――// (後略)    (リルケ・R・M・リルケ詩「オルフィスに寄せるソネット」第一部23,高安国世訳)     また、「あとがき」には、 (前略)4月の例会で「連衆」の谷口師に紹介を乞うた、師が折に触れ阿部青鞋氏や河合隼雄氏の論を引用しながら説く「定型の空」、それをよく知るために何を読めばいいか?を。早速に三冊の紹介を受けた。その中にフッサールの現象学の解説書があった。…。ふと本棚を確認した。あった、二〇代の頃かった「現象学」(木田元著・岩波新書)が。その頃は沈没していたが、現在の言葉との拘泥に、そんな昔の思惟の断片がうまくそれらを掬い上げ、また新しいヒントを感じさせている…。 (中略)  そんな思いを巻三に…。過去まで引っ張り出して…、してみた。  ここで幕引き?「これはひとつのプランだよ…?」と巻三を閉じる。  生ある限り?これはネバーエンディング…だよ、だって器は空だもの!  とあった。ともあれ、以下に本集より、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておこう。     秋口にため口利かれ其の日暮らし         久     惑星のとある洋燈 (らんぷ) の傘埃   芒原もはやすすきになるしかない   黙祷!と聞けど箒は持ったまま   永眠の永を浮かべて転寝る   風光る時間の器もったまま   のみ乾せば器ふたたびあきの空   亡き人の指輪が指を探す夜の   あやめあめおのれをあやめあめのやむ   ゆく春の絲の綻びすでに乱    (前略) 〈こころならずも人と生まれ数十年を生きて、私は何をしたと言うのだろう。時代の闇、魂の闇の中に、かすかでも灯火を掲げたいと願って十七文字に心血を注いできた。その姿は人目には鬼と映るもこともあったに違いない。いや鬼と化さねば出来ぬと自らに言い聞かせてきた…(秦夕美著「赤黄男幻想」より) (中略)   跡も痕も残さず蒼く今日の空   Qの字は笑顔泣き顔ムンク顔   心臓死脳死に遅速...

神野紗希「寂しいと言い私を蔦にせよ」(『俳句は肯定の文学/口語・他者・偶然』より)・・

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  神野紗希評論集『俳句は肯定の文学/口語・他者・偶然』(朔出版)その帯に、   俳句はあらゆる存在のすべての在りようを肯定し、他者のもたらす偶然を喜ぶ詩  俗な言葉にこそ価値を見出し、新しい世界をひらくはじまりの詩、俳句。  多角的なアプローチで口語俳句の可能性に新たな視点を加える  神野紗希、待望の初評論集!  とある。冒頭の「『俳句じゃない』は俳句じゃない」の「1 〇〇は俳句じゃない?」には、 (前略) 排除されたものを肯定してきた俳句が「〇〇は俳句じゃない」と可能性・多様性を排除しルールを厳格化してゆくような方向性は、俳句のもともと備えていた自由で先進的な性質を失わせる、それこそ俳句らしくないあり方だ。そもそも、季語があるか、定型を備えているかが俳句とそうでないものを区別する境界線になるのだとしたら、それはとても簡単な判断基準だ。でも、俳句を作るとき、季語や定型を守ること以上に、その句を俳句たらしめるための、もっと大切なこと――世界との距離の取り方とか、素材や言葉の取り扱い方とか、もっと本質的な態度の問題——があるのではないか。 (中略)   人が眉をひそめ、またはわざわざかえりみもせず、これまではその価値が捨て置かれていたものたちにも、輝く詩の光が秘められている。そうした前提に立って、社会的・一般的な価値観からは評価されなかったものたちにも、評価基準や先入観をいったんリセットして新たな価値を見出し肯定してゆくのが、俳句という詩であり、俳人のスタンスではなかったか。  とあり、 また「あとがき」には、 (前略 )文語よりも幼い表現として軽視されていた口語を、表現技術として構造的に把握することで位置づけ直し、同時になぜ口語を用いるのかという根本的な問いについても考察を試みた。それは、俳句がその草創期から数百年かけて芯に抱き、育ててきた肯定の力を再認識する道程でもあった。 (中略)   なぜ口語なのか。なぜ俳句なのか。定型や季語の力とは。本質的な問いに対して考え続けることが、新たな可能性をひらいてゆくと信じている。  とあった。 本書には、至るところに、詩歌の、俳句の根本にふれる言葉がある。未来の俳句に思いをはせる俳人の多くの人達に、直接、手にとっていただきたい、と思う。例えば、  伝統と前衛は、少なくとも俳句においては、対立概念ではない。むしろ、イコールで結ぶ...

宮澤順子「針なしのホチキスで留める花冷え」(第78回「ことごと句会」)・・

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  4月18日(土)は、第78回「ことごと句会」(於:ルノアール新宿区役所横店)だった。兼題は「転」。以下に一人一句を挙げておこう。    転がり込む春愁森のかさばり         宮澤順子    春たけなわ混ぜてわからぬ色にする     杉本青三郎    仕舞雪 土の下わさぁまだ氷         金田一剛   ツバメの巣 梁に手斧 (ちょうな) の削り跡  村上直樹    おたがいを忘れし二人濃山吹        春風亭昇吉   風船をスキップしてる天使の脚        林ひとみ    悲しみは他人 (ひと) には告げず濁らせず   渡辺信子    菜の花の黄色月夜はさざめくか        渡邉樹音    身の内に蜃気楼あり春の海          武藤 幹    地獄かも極楽かもと蜃気楼          江良純雄   滑り込みトライのキッス夏の芝        杦森松一    火事の柱黒々と桜木と列ぶ          照井三余   はこべらは踏絵とならん 病み呆けの     大井恒行 ★閑話休題・・津高里永子「船を待つ白さ大島ざくらなる」(「~ちょっと立ち止まって~2026・3~」)・・  「~ちょっと立ち止まって~」は、津髙里永子と森澤程の二人による葉書通信。もう一人の句を以下に挙げておこう。    鳥帰る淡海に緑を郵便車        森澤 程    撮影・芽夢野うのき「兄になるはずだったたんぽぽの一生」↑

新美南吉「少女らを去らせこゝの春に貧乏ゆすり」(「新・黎明俳壇」第16号より)・・

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  「新・黎明俳壇」第16号(黎明書房)、特集は「新美南吉の俳句を読む」。執筆陣は、なつはづき、川崎果連、大西美優、二村典子、わかば、山科希、千葉みずほ、小枝恵美子、村山恭子、岡村知昭。特集の扉には、   今回は、南吉俳句の研究家、川島由紀子氏の視点で「詩情豊かな」南吉の俳句を、ペア10組、20句を選んでいただきました。  なお川島氏には、次ページで「新美南吉の詩情豊かな俳句」と「年譜」をお書きいただきましたので、ご一読ください。(武馬久仁裕)  とあった。   人もいね犬もいねしにとぶ蛍         新美南吉    雪雲や山の北から来る汽車           〃    冬ばれや大丸煎餅屋根に干す          〃    春さめはれて飛べば鳩の羽がまぶしい      〃      新美南吉(大正2年~昭和18年)、愛知県半田市生まれ。 享年29。 以下は、「黎明俳壇」より、    秋の暮れ百済観音覗き見る       勅使河原正雄(第54回 特選)    うろこ雲いやご飯前いわし雲        佐藤 公( 〃ユーモア賞)    新年の香で届きけり新聞紙         近藤君子(第55回 特選)    南無三と食らふバイトの捌きし河豚     霧賀内蔵( 〃ユーモア賞)              撮影・中西ひろ美「祭三日にぎわい残し山桜」↑

山川桂子「耳鳴りを春風となし歩き出す」(第52回「きすげ句会」)・・

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  4月16日(木)は、第52回「きすげ句会」(於:府中市生涯学習センター)だった。兼題は「風」。一人一句を以下に挙げておこう。    春疾風 (はやて) ペルシャ火の海信夫翁 (あほうどり)  濱 筆治    たんぽぽの絮少年野球かっとばせ            久保田和代    百寿なる背に靖國や風光る                新宅秀則    ひとひらに思わずしゃがむ風の春             寺地千穂    老いてなお握りこぶしの春の風              杦森松一    川釣りに糸のひらめく春の風               高野芳一    三千院へと爪先上がり遅桜                山川桂子    風青し小さき母の背ゆらゆらと             大庭久美子    春がきた風にぎりしめるこぶしかな            清水正之    人に会う桜一片つけている                井上芳子    五月この五彩の雲に風に乗れ               大井恒行  次回、5月21日(木)は、神代植物公園吟行。  「きすげ句会」第五集(発行・きすげ句会)ができた。杦森松一(敦賀生まれ)が一年に一度、すべて手づくりにしてくれている(内容も年々充実してくるから驚き…)。その後記に、 (前略) 他方、なぜ水月なのかと思うには、若狭地方は、地形的に月が山から出て海へ沈みます。地平線に消える月の姿は、太陽が沈む以上に美しく、また愛おしく思います。芭蕉は奥の細道の道中で、敦賀の地に寄り「国々の八景更に気比の月」そして、「ふるき名の鹿角や恋し秋の月」と詠んでいます。と言うことで、水月の名を借りての地元紹介でした。  とあった。                      撮影・鈴木純一「花吹雪ワカイコロハと煙たがれ」↑   4 月 15 日   遠山金四郎景元   没( 1793 ~ 1855 )江戸北町奉行   大目付   江戸南町奉行

穴井太「消える椅子ゆうひまみれのわがカスバ」(「ペガサス」第25号より)・・

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 「ペガサス」第25号(代表 羽村美和子)、瀬戸優理子のエッセイ「『女流』考」に、  「女流」は男目線の差別ワード。だから使わない.それが今の世の多数派であり〈常識〉。でも私はそもそも「女流」は差別語ではなく〈称号〉ではなかったか?と考えている。作家生活40周年を機に山田詠美が執筆・刊行した『三頭の蝶の道』を読み、さらにその思いを深くした。 (中略) 「女流」と呼ばれた先輩達が土壌を固めてくれたから今がある。俳句の世界も同じ。道を切り拓いた証として「女流」は称号なのだ。   とあり、きなこ「雑考つれづれ/原郷樹林・・・穴井太の俳句③」を興味深く読んでいるが、惜しむらくは、当時の俳人の句のあとに名しかなく、現在では、苗字がないとよくわからないのではないか(錚々たるメンバーだが・・・)。愚生にとっては、とりわけ、懐かしい増田連、山福康政(娘さんは絵本作家としてもご活躍中)、瀧春樹、国武十六夜、岩尾美義、岸本マチ子、本田幸信、野間口千佳以外は、苗字が思い出せないでいる。  ともあれ、以下に本誌より、いくつかの句を挙げておこう。    蕗の薹黒電話から呼び出され       篠田京子    薔薇芽吹く毒素を少し足しておく    瀬戸優理子    流氷は青です白です 独白        高畠葉子    お彼岸の戦に勝つという祈り       田中 勲    風花と同じ余白を共有す         中村冬美    陽炎の中に戦火が紛れ込み       羽村美和子    掃除機のときどき春の闇を吸う      水口圭子    声になりそびれた思い飛花落花      陸野良美    冬たんぽぽ這いつくばって明日を抱く  本吉万千子   人の死も人の輪のなか天高し      山﨑加津子    まんまるい日本裸木の側頭部       浅野文子    あなたにはフリーズドライの七草粥    東 國人    葱の香のおんぼろ電車やってくる     石井恭平    ふらんすに行きたい春のそぞろ神     石井美髯    水晶に不確かな明日たびらゆき     伊藤左知子    初御籤指に絡まることばかり      F よしと    風花のまた空耳という無音        及川和弘   デコネイルちょっと触って春立てり     きなこ    重力の無となるふたり涅槃雪       木下小...

正岡子規「柿くはゞや鬼の泣く詩を作らばや」(『新選 正岡子規俳句集』より)・・

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  復本一郎選『新選 正岡子規俳句集』(岩波文庫)、「はじめに」には、 (前略) 「花鳥諷詠真骨頂漢」(川端茅舎『華厳』序)との言葉を残している高浜虚子は、岩波文庫の一冊として『子規句集』を編み、二万句の中から二三〇六句を選んでいる。「花鳥諷詠」を唱えた虚子の選句眼が隅々まで窺 (うかが) える句集である。が、為に、もう一人の子規の愛弟子佐藤紅緑が「余の初めて俳句を学ぶに第一に注入せられたのは滑稽思想」だというところの「滑稽」俳句をはじめとして、子規俳句の持っている多様な面白さが十全に伝えられていない憾 (うら) みがあるようにも思われる。 (中略)  虚子は、四季、季題ということに着目しての配列、構成によって一書にまとめているが、本書では一五八三句を、「女性」「新事物」「生活」「写生」の五つの視点によって分類してみた。それによって、四季、季題別の視点では見えなかった子規句の別種の魅力が自ずから浮かび上がってくるのではないかと思われる。 (中略)  これも子規庵保存会によってニ〇二四年(令和六年)に報告された一八九九年(明治三十年)の「歳旦帳」の中に、   はひおりて病床の側の御慶哉 の新出句が見えることが報告された。   また、最近では、謡曲「班女」を踏まえての   狂女持つ冬の扇や桜の画 (え)    の句が書かれた子規自筆短冊の存在も報告されている。  (中略)  その子規に、なぜ今日尚、折りに触れて新出句が出現するのであろうか。右に示しただけでも九句。『なじみ 集』は別として、他はあるいは「歳旦帳」に、あるいは短冊に記されたものであった。ということは、いずれもが即興的であり、待った無しで臨機応変に作られたものであり、俳句帳に転記する遑 (いとま) もないうちについつい失念してしまったということだったのではなかろうか。   とあった。ともぁれ、本書より、いくつかの句を挙げておこう。    馬土 (まど) 一人人馬にひかるゝかれ野哉 (かな)  子規    しににいくためにめしくふこじき哉   寝後れて新年の鐘を聞きにけり   初夢や巨燵ぶとんの暖まり      古白の女人形に題す   汗かゝぬ女の肌の涼しさよ      傾城の文書くかたに   夏瘦を見せまゐらせ度 (たく) 候かしく   女にも生れて見たき踊哉 (かな)    青梅や妾孕みし上根岸   二階に...

中島進「かぎりなく今のまぶしき雪やなぎ」(「詭激時代つうしん」23/栞版より)・・

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  「詭激時代つうしん」23*栞版(詭激時代社)、同時刊行に『中島進 論考抄』(詭激時代セレクション袖珍新書)、いずれも各務麗至の手作り冊子(限定非売版)である。目次には、「 中島進/悼『中島進 遺稿句抄』から・攝津幸彦研究⓵・俳句の思想とは何だろうか 」とある。そして、各務麗至「覚書にかえて……」には、   中島進、の、追悼の栞つうしんになる。亡くなったと聞いて、暫らく茫然とした。  一年前に妻を亡くしてその途方に暮れていた日々…‥‥。出会って二年ほどなのに、長年の知己のごと時々お電話してくれて、途轍もない救いになっていた。そんな頃、 私と同じような失意の友人がいて、元気づけるかに手作りの冊子を作っていたのだった。 そして、私のことである。小冊子小部数とはいえ急遽遺稿句抄を作成したのは言うまでもなかった。仏前に供えていただいていると聞いている。思いが届けば……。   とあった。本冊子から、いくつかの句を挙げておこう。    どの夢も生き急ぐかに冬の星         大井恒行     大井様から/追悼句をいただきました       改めて 本人句集の巻頭に       「真実を語り犀の角のように歩め」            ——スッタニパータ 中村元 訳       あの世でもただ独り歩むのでしょうか   中島百百代    たましひの絶えざる声や冬木霊        各務麗至    ひのまるをせにとぶやつたばんざあい      〃     *TAMA市民塾講座「現代俳句入門」宿題は「ひらがなで作る俳句」五輪テレビから                                ー20256・2・9     *立川シルバー大学「俳句講座」宿題は「カタカナだけで句を作る」「カタカナと漢字まじりで句をつくる」が先にあって、  ー2026・2・4 ひらがな句 何か戦中的で、それならと逆のカタカナに、    イアザンバ タツヤブトニセ ヲルマノヒ     *どちらもどちらで漢字は……、と、挑戦   己乎惨場立野豊途偽居魔廼日  ——己に惨場かな 野に立てば豊かな道は偽りで 魔の日に廼る居る    たましひは真冬をこえて還りゆく          *きすげ句会に、「卒業」との宿題を見て、三鬼が……。    人間てふ卒業のなき成就かな      嘘だけど妻来て春や嘘でない  ...

関根かな「人間に触れたき枝垂桜かな」(「小熊座」4月号より)・・

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 「小熊座」4月号(小熊座俳句会)、特集は、「豈」同人でもあった関根かなの「追悼 関根かな」。執筆陣は、成田一子「血のつながらぬ寒雀ー関根かなさんを悼む(「滝」2月号より転載)」、渡辺誠一郎「淋しげな眼差しの彼方ー思い出すままに」、佐藤成之「永遠にあなたのいない初景色」、鎌倉道彦「木犀へ」、千倉由穂「鍵束の音」、他に及川真梨子「関根かな二十句抄」。その成田一子は、 (前略) 三月のけふもあしたも空低し     いつまでが戦後桜の咲き続く     地震の日の雪降る以後の記憶なく  三・一一や戦争、彼女の大きなテーマだ。毎月の「小熊座」誌の作品でもそうだが、彼女は常に「ここにいる人」以上に「ここにはいない人」に心を通わせようとする。     夏の星死んでも会へぬ人のゐて     打水や戦中の子の走る音  表現は平易だが、奥に重く深いものが横たわっている。難解さがなく、するりと入ってくるが、読者にじわじわと内省をうながす作りとも言える。   と記している。 合掌! 他の記事で、小田島渚「俳句時評/詩歌の球体」の、結び近くに、  ここから筆者は、石牟礼の世界観から詩歌の歴史を別のかたちで想像してみたい。詩歌は、時間軸の上で敗者を生みながら批判的にはってんするものというもより、むしろ球体状に広がるものではないだろうか。石牟礼が女性の詩歌を再興したとしても、額田王も柿本人麻呂も敗者となって消失はしない。球体には様々な可能性が消えずに呑み込まれていく。石牟礼の俳句もまた、この球体の外にあるのではない。その意味でいえば、昭和三十年代に隆盛し、その後勢いを失ったかに見える前衛俳句もまた、排除されることなく未来へと繋がっていく。さらにこの球体は権威となる中心を持たず、おsの拡大の先に、目指すべきただ一つの俳句像もない。球面の至るところで、ざわざわと俳句が生まれ続ける。一切が取りこぼされず、球体そのもが詩歌であり俳句である。  とあった。ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    牡丹雪雪天の横隔膜動き         高野ムツオ    天上に人生きられぬ室の花        渡辺誠一郎    あの世より逃れてきたる鶴の声      津髙里永子    月光は降りしきるけど積らない      丸山千代子    いちめんのみどりごいちめんの春の星    川口真理    存へば...

豊里友行「鍬を振る/血潮の虹の/旋律よ」(『赤(あか)ん坊(ぐゎ)オーケストラ』)・・

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  豊里友行第7句集『赤(あか)ん坊(ぐゎ)のオーケストラ』(沖縄書房)、著者「あとがき」に、 (前略) 何故に私は、沖縄戦や米軍基地、自衛隊基地についてこれまで取材し続けてきたのか。私の生まれ育った沖縄で誰もがより良く生きられるような俳句と写真活動をしていきたいう。その私の“うむい“(思い)は、沖縄に突き付けられた不条理から眼を背けられなかったからだ。俳句と写真、文章を書くことで全力を振り絞って沖縄に向き合ってきた。それは私なりの“島うむい“(島思い)であり、郷土愛が根幹をなす。この敗戦八〇年目に私は、沖縄戦を追体験する試みのための沖縄戦の経路を『沖縄線六〇年沖縄新聞』(琉球新報社、ニ〇〇五年)などを基に辿る。  私の句集『母よ』のあとがきでも触れたが、沖縄戦時に母は赤ん坊だった。その赤ん坊である母は、「この戦争が終わったらどんな良い時代が来るかもしれないから赤子(だった母)の命を生かしておきなさい」という祖父(赤子の父)の運命の言葉に導かれていく。その生命の奇跡によって今の私がいる。それは沖縄戦を生き延びた誰もが感じたであろう共通意識ではなかったのか。また戦に巻き込まれた赤ん坊たちの悲劇も多くある。戦争をしていない世代なりの沖縄戦継承について私なりに思いを馳せている。私自身を含めた命について尊ぶことにも気づかせてくれた。そういえば、友人の赤ん坊の感触は、やわらかな血潮がこの世界と繋がり合って生きていけるような希望に満ちた感覚を覚えた。そんな敗戦八〇年目と私の写真人生三〇年目は、誰かの犠牲の基に成り立つ豊かな世界よりも誰もがより良く生きれる世界への対話と人類のたゆまない努力を自らの俳句や写真によって結実し続けたい。それが世界の戦争に抗う私なりの抵抗だ。私たちは、もっと命の話をしよう。   とあった。集名に因む句は、    天体が弾む赤 (あか) ん坊 (ぐゎ) オーケストラ      友行  であろう。ともあれ、本集より、愚生好みの句に偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    戦争まっしぐら拒む海蛇 (いらぶー) の笛   爆音のパントマイムの家族なり   廃墟ちっくな銀天街の花きりん   煩悩まみれの螺子を巻く 凍蝶   迷彩服も潜むクリスマスツリー   戦争の全貌捲る蝶の翅   うりずんに愛されるための蕾よ      蠟涙の      嗚咽の      風...