豊里友行「鍬を振る/血潮の虹の/旋律よ」(『赤(あか)ん坊(ぐゎ)オーケストラ』)・・
豊里友行第7句集『赤(あか)ん坊(ぐゎ)のオーケストラ』(沖縄書房)、著者「あとがき」に、
(前略)何故に私は、沖縄戦や米軍基地、自衛隊基地についてこれまで取材し続けてきたのか。私の生まれ育った沖縄で誰もがより良く生きられるような俳句と写真活動をしていきたいう。その私の“うむい“(思い)は、沖縄に突き付けられた不条理から眼を背けられなかったからだ。俳句と写真、文章を書くことで全力を振り絞って沖縄に向き合ってきた。それは私なりの“島うむい“(島思い)であり、郷土愛が根幹をなす。この敗戦八〇年目に私は、沖縄戦を追体験する試みのための沖縄戦の経路を『沖縄線六〇年沖縄新聞』(琉球新報社、ニ〇〇五年)などを基に辿る。
私の句集『母よ』のあとがきでも触れたが、沖縄戦時に母は赤ん坊だった。その赤ん坊である母は、「この戦争が終わったらどんな良い時代が来るかもしれないから赤子(だった母)の命を生かしておきなさい」という祖父(赤子の父)の運命の言葉に導かれていく。その生命の奇跡によって今の私がいる。それは沖縄戦を生き延びた誰もが感じたであろう共通意識ではなかったのか。また戦に巻き込まれた赤ん坊たちの悲劇も多くある。戦争をしていない世代なりの沖縄戦継承について私なりに思いを馳せている。私自身を含めた命について尊ぶことにも気づかせてくれた。そういえば、友人の赤ん坊の感触は、やわらかな血潮がこの世界と繋がり合って生きていけるような希望に満ちた感覚を覚えた。そんな敗戦八〇年目と私の写真人生三〇年目は、誰かの犠牲の基に成り立つ豊かな世界よりも誰もがより良く生きれる世界への対話と人類のたゆまない努力を自らの俳句や写真によって結実し続けたい。それが世界の戦争に抗う私なりの抵抗だ。私たちは、もっと命の話をしよう。
とあった。集名に因む句は、
天体が弾む赤(あか)ん坊(ぐゎ)オーケストラ 友行
であろう。ともあれ、本集より、愚生好みの句に偏するが、いくつかの句を挙げておこう。
戦争まっしぐら拒む海蛇(いらぶー)の笛
爆音のパントマイムの家族なり
廃墟ちっくな銀天街の花きりん
煩悩まみれの螺子を巻く 凍蝶
迷彩服も潜むクリスマスツリー
戦争の全貌捲る蝶の翅
うりずんに愛されるための蕾よ
蠟涙の
嗚咽の
風化の
地球船
天体のエイサー太鼓の月と太陽(ていだ)
勝敗を別ける伝令いなびかり
鬼となるよりでで虫の角でいい
豊里友行(とよざと・ともゆき) 1976年、沖縄県生まれ。
★閑話休題・・露の紫・林家つる子 二人会(於:府中市・バルトホール)・・
4月11日(土)午後2時から、きすげ句会のメンバーで落語長屋(代表・清水道哲)主催の露の紫(上方落語)・林家つる子(江戸落語)の二人会(於:府中市市民活動センタープラッツ・バルトホール)に出掛けた。




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