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高野芳一「取り急ぎと届く封書の新茶かな」(第17回「きすげ句会」)・・

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 本日、5月11日(木)は、第17回「きすげ句会」(於:府中市中央文化センター)だった。句会途中、にわか雨が窓を打っていた。兼題は「父の日」と雑詠2句。ともあれ、一人一句を挙げておこう。    そうなのね此処にキスゲは太古から      濱 筆治    夏の空や青の時間が暮れてゆきう       井上芳子    青梅や歳時記読みて太りゆく        久保田和代    マテ貝のバタ醤油焼父子の肴 (あて)    山川桂子    白線のスタートに立つ夏の空         杦森松一    父の日の髭念入りに剃りにけり        髙野芳一    ファンファーレ小走りに集 (よ) るくらべ馬  井上治男    野の花も花は花です夏の蝶          寺地千穂    手捻りの猪口掌になじみけり         清水正之    父の日の父かなしけれ晴れの日は       大井恒行  次回は、6月22日(木)、於:府中市生涯学習センター。兼題は「雨」。  6月8日(木)~10日(土)は、有志による敦賀、永平寺への旅(句会あり)が企画されている。       芽夢野うのき「方舟にのりおくれしがユキノシタ」↑

瀬戸優理子「白ふくろうブレインフォグを抜けて来た」(「第5回口語俳句 作品大賞顕彰/記念(誌上)俳句大会」)・・

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 「第5回口語俳句 作品大賞顕彰・記念(誌上)俳句大会」(主催 口語俳句振興会・後援 現代俳句協会)、巻頭エッセイは、田中陽「新興俳句『天の川』の復活」。誌上講演には、木村聡雄「外国語俳句の中の可能性—世界へ向かう俳句―」、大井恒行「俳句に何が可能か?」。木村聡雄講演、外国語俳句にうとい愚生などには、極めて親切に、分かりやすく話されている。その中に、  〔外国語俳句のはじまり〕  海外の俳句というと、日本の俳句とは違っていてあまり興味がないと感じていいる方もいるかもしれません。 (中略) 俳句という詩形が海外に紹介されたのは百年以上も前です。開国後の明治政府は西洋文化に追いつこうと英仏などから各分野の専門家を招聘しました。我々が西欧文化に接して目を見張ったと同じように、実はこのとき招聘された外国人たちも彼らにとって新しい極東の文化と出会ったのでした。彼らが西欧に伝えたその新たな価値観の一つが俳句です。 (中略)  フランスでは浮世絵が「発見」されパリ万博(一八六七)でも展示されて、印象派などに多大な影響を及ぼしたことはよく知られています。 (中略)  〔季節の詩か〕  海外の俳句について疑問が生じる最大の理由は「有季定型」の問題ではないでしょうか。季語、季題という概念は日本独自のものなので、誰もが想像する通り、日本語以外の外国語では歴史的に広く用いられてきたものは存在しません。もちろん、西欧でも春を待ち望み、春の喜びを表す感覚は存在します。 (中略)   〔定型〕  最初期の俳句紹介者アストンは、俳諧の発句の五七五を「三行の自由詩」に英訳しました。これが今日まで外国語俳句の基本形となっています。 (中略) なお、世界のこの形式の例外としては、日本と同じ漢字圏である中国の「漢俳」があります。漢俳はご存じのように漢字のみで五七五十七文字の定型です。その漢字十七文字の内容は俳句というより短歌以上に説明的であるため、「漢俳」は外国語俳句のなかでは特殊と言わざるをえません。いずれにせよ、海外俳句の大部分は三行詩ですが、これは行数の問題であって定型詩ではありません。外国語で五七五(シラブルなど)の定型のリズムがほとんど用いられないことが何よりの原因でしょう。 (中略) さらに、それぞれの外国語においてこの五七五のリズムが必ずしも心地よいものとは言えないこともあるでしょう...

髙橋宗司「いち津波二に空襲と杜鵑花(さつき)の師」(『芭蕉の背中』より)・・

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  髙橋宗司詩集『芭蕉の背中』(コールサック社)、懇切な解説は鈴木比佐雄「『芭蕉の背中』を追って『人類の哀しみの日に』記される詩」。その結びには、  (前略) Ⅲ章「人類の哀しみの日に」では、「影」「マスク」、「天邪鬼」、「青年」、「輝く命」、「八月」、「うっすらと雪のごとく」、「ジャンボ」、「ギリシャ風建築を横目に」、「つれづれに」、「人類の哀しみの日に、「いま」の十二篇が収録されている。新型コロナ下であり、ロシアのウクライナ侵略後の世界の中で、ありえない非日常が日常化されつつあることを憂いている。そしてそのような情況においても、詩「人類の哀しみの日に」では、「戦争屋 戦争用具店営む死の商人よ」と軍拡に急速に傾く国際情況の根本的な問題点を指摘し、最後に「世界のとある街角 何かに怯えながら/抱き合っている マスクをした男女」とこの時代の象徴的な光景を記録している。このように「芭蕉の渇き」に肉薄し「芭蕉の背中」を負いながら「人類の哀しみの日に」詩を記そうとする髙橋氏の詩的表現力は、きっと日頃に詩を読まない人びとの心にも伝わるに違いない。  と記されている。また、著者「あとがき」に、   一、二〇〇年前も花は咲き、散っていた。   ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ                        紀友則 (『古今和歌集』所収)  花が咲き、同時に散ってもいる今日、私はその今日が一、二〇〇年前の世と言われても驚かないような気がする。私はその時代の男や女と共に暮らしているだろう。  そういう意味ではかの芭蕉翁 (おう) の生きた時代は私には、少し前の世界であったような気がするのである。芭蕉はごく普通のひとにして超人的な側面を持ち合わせていたに違いない。やはり沢山の人々に支えられながら。  とあった。ともあれ、本集より、短い詩編をひとつ挙げておこう(本ブログでは長い詩は引用しきれないから)。      夏のたそがれ  わたくしはS公園の もみじ谷と呼ばれる坂道  全景の深い森をバックに動物園・パーラー設置の高台と  四季の植物園・水上遊具施設を備える低地を結ぶ 坂道  走る人 速足の人 犬を引く人 物憂げに歩む人 ペダルを  踏む人 人々がわたくしの背中を上ったり下ったりしてゆく  ひとは歌い口笛を吹き吹き笑い 或いは無言で  わたくし...

井出野浩貴「野次愉快タイガース戦ナイターは」(『孤島』)・・

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 井出野浩貴第二句集『孤島』(朔出版)、帯文は西村和子、それには、     虫の夜の孤島めきたる机かな  宇宙的空想から共に生きる者たちへの共感まで  幅広い世界へ読み手をいざなう。  鋭敏な五感で生活者の実感をこまやかに詠じた作品だが  季語が多くをかたっている。  俳人協会新人賞受賞から八年  人生経験は創作者を鍛えた。 とある。ともあれ、集中より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。    しだれ梅くぐらむ息吸はむ        浩貴    春燈や微恙の床に唐詩選   翼あるものもやすらひ水の秋   さへづりのつひに姿を見せぬまま   わが胸の奔馬嘶き鰯雲   父もまた父厭ひけむ根深汁   死にきれぬものに蟻はや群がりぬ   小鳥来る母の月火水木金   みづうみにうつらぬ高さ夏つばめ   つきおうてやるか天道虫の擬死   いしぶみに飢饉の二文字曼殊沙華   弾圧も論争もなし西東忌   ちちははの亡き世の茅の輪くぐりけり   日の落ちてなほ日をはらむ芒かな   井出野浩貴(いでの・ひろたか) 1965年、埼玉県生まれ。        芽夢野うのき「わたしはわたしされど青き蔦なる」↑   

佐藤延重「踏絵なら僕は踏んじゃう自動ドア」(『蟬時雨』)・・

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  佐藤延重第一句集『蟬時雨』(ふらんす堂)。序も「あとがき」も何もない、今どき珍しいシンプルな句集。帯の惹句に、      産業廃棄物の/山/墓である  一行詩をたしなむ作者の型にはまらない第一句集。  どこか懐かしく心に響く一書。  とある。章立ては、「何がさて」「産業廃棄物」「墓が足りない」の三章からなっている。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    何がさて平和を願う初山河        延重   泣いている蟬の時雨の降る下で   俎板に鯖が一体不発弾   渋谷スクランブル交差点夕立   森閑とこの四次元を雪は降る   真ん中は愛 (かな) しいですね秋の空   端っこも愛しいですな秋の空   振り向いてだぁーれもいない空ッ風   鶴帰る亡き母の名は仮名のツル   戴けるならその籠の蕗の薹   僕達は勝利したのか神の留守   ヤーイヤーイ佐藤延重放屁虫   抜け道を抜けてまた道暮早し   咳ひとつ瞬時に消えて夜の底  佐藤延重(さとう・のぶしげ) 昭和14年、秋田県生まれ。      撮影・中西ひろ美「うっかりもしっかりも隠しきれない」↑

秦夕美「日の本の雨の桜と赤紙と」(「ふらんす堂通信」176号より)・・・

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 「ふらんす堂通信」第176号(ふらんす堂)、書き下ろし特別寄稿「追悼・秦夕美」に、藤原龍一郎「秦夕美さんを悼む」がある。その中に、二人誌「巫朱華(プシュケ)」について書かれた部分から、 (前略) たとえば、樋口一葉の「にごりゑ」をテーマにした「雪卍―にごりゑ遺文」という作品は全十三句で構成されているが、一句の文字数はすべて十三文字、五句目から九句目に「雪」という字が卍の形に見えるように組み込んである (本文は縦書き) 。    夕されば 雪雪雪 に 雪 の墓並び     (「雪雪雪」にみゆきのルビ)    帰りなむいざ 雪 に 雪 ふる辻車         わが恋は 雪雪 と 雪雪 とふるへ     (「雪雪」にせつせつのルビ)    とぶ鳥の 雪 に 雪 よぶ思ひかな   思ひ乱れ 雪 や 雪雪雪 の水仙花   文字遊びであるが、二人でつくるのであるから、阿吽の呼吸が必要ではある。 (中略) 作品の主題となる物語や本歌を決め、一句の文字数を統一する場合は、そのデザインと、文字を決める。また、頭韻、脚韻の場合は、韻を意識しつつ、全体の流れを決めて行く。俳句形式の虐使であり、狂言綺語のサーカスだった。私の実感として言うのだが、共同制作の作品をつくるために言葉をいじりながら、官能的な陶酔感さえあった。秦夕美さんにとってもそうだったのではないかと確信する。 (中略)  十九冊目の句集『雲』が完成するのを待たずに、急逝されたのも、せっかちさゆえだったかもしれない。二十冊目の句集『?』の収録作品も、もしかすると、すでに書き終えていたのではないかとの気さえする。それくらい先に行ってしまったのだと思える。   われに若い日のある不思議雪卍   遠野火や金と銀なき千羽鶴 『雲』から巻頭と巻尾のそれぞれ一句を引いた。いかにも秦さんらしい、謎のある句である。謎の向こうに秦さんの微笑が見える。  とあった。この他にも、受賞特別寄稿の書き下ろしに、森賀まり「忘れた過去」、髙柳克弘「どこまで俳句は面白くあるべきか」、和田華凜「初心」があり、和田順子句集『皆既月蝕』を読むの山崎祐子「覚悟の先にあるもの」がある。そして、連載では、楽しみの一つの小池昌代「こわい俳句」第20回「 犬の舌枯野に垂れて真赤なり 野見山朱鳥 」がある。それには、  (前略) この赤は色彩の世界の最奥にあるもの。...

広瀬ちえみ「苦かったいまごっくんとしたことば」(「What’s」Vol.4)・・

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 「What’s」VOl.4(編集発行人 広瀬ちえみ)、編集後記に相当する「ツリーハウス」に、 🔷柳本々々さんの「川柳作家にききにいく②―往復書簡 なんにもないところから」は広瀬ちえみとの往復書簡です。基本的にページ数は気にしていません。でも読んでみるとあまりページ数の多さを感じさせないのではないでしょうか (愚生注;16ページ)。(中略) また、イラストレーターの安福望さんのイラストを使わせていただけることになりました。々々さんには、これか安福さんの扉絵のふんいきを軸にすすめていきたいという意思があります。  とある。その往復書簡「 なんにもないところから 」を、少し引用する(興味のある方は、直接、本誌に当たられたい)。まず、「 『もともとからちえみさんへ』2022年11月8日 」から、  (前略)  うっかりと生まれてしまう雨曜日  なにが「うっかりと生まれた」のか。「雨曜日」という不思議な曜日になにかがうっかりと生まれてしまったのか。それはわたしかもしれないし、なにかのいきものかもしれない。でも、もっとそれ以上に大事だとぼくがこの句でおもっているのは、 ここで「うっかりと生まれてしま」っているのが「雨曜日」ということばそのもなんじゃないか ということです。 (中略 )そして実は現代川柳って、そういう ことばそのものが生まれる現場にまざまざとあちあうことなんじゃないか とおもうんです。 (中略)    あかさたないきしちにがありミルフィーユ  こんなふうにもおもいます。現代川柳は、 ことば 、を描いているんじゃないかと。もっといえば、 ことばからうまれてしまう、うまれざるをえない、わたしたち 、というものを扱っているんじゃないか。 (中略)  でも、まだ「 まったくこの世界にできあがっていないもの 」を「このわたしでないわたし」に「 どういうふうにできあがったもの」としてつくってもらうのか、 ということを考えたことがありませんでした。 (中略)   なんにもないところから川柳はどういうふうにあるしゅんかん、うまれるんだろう 。雨と曜日は、わたしのなかで、どんなしゅんかんに、どうやって、 雨曜日 、になるんだろう。 (中略)  「ちえみから々々さんへ」 2023年1月20日   (中略)  ところが々々さんは、雨と曜日を分けて、ことばをばらばらにしたうえ...