秦夕美「日の本の雨の桜と赤紙と」(「ふらんす堂通信」176号より)・・・


 「ふらんす堂通信」第176号(ふらんす堂)、書き下ろし特別寄稿「追悼・秦夕美」に、藤原龍一郎「秦夕美さんを悼む」がある。その中に、二人誌「巫朱華(プシュケ)」について書かれた部分から、


(前略)たとえば、樋口一葉の「にごりゑ」をテーマにした「雪卍―にごりゑ遺文」という作品は全十三句で構成されているが、一句の文字数はすべて十三文字、五句目から九句目に「雪」という字が卍の形に見えるように組み込んである(本文は縦書き)


  夕されば雪雪雪の墓並び   (「雪雪雪」にみゆきのルビ)

  帰りなむいざふる辻車    

  わが恋は雪雪雪雪とふるへ   (「雪雪」にせつせつのルビ)

  とぶ鳥のよぶ思ひかな

  思ひ乱れ雪雪雪の水仙花


 文字遊びであるが、二人でつくるのであるから、阿吽の呼吸が必要ではある。(中略)

作品の主題となる物語や本歌を決め、一句の文字数を統一する場合は、そのデザインと、文字を決める。また、頭韻、脚韻の場合は、韻を意識しつつ、全体の流れを決めて行く。俳句形式の虐使であり、狂言綺語のサーカスだった。私の実感として言うのだが、共同制作の作品をつくるために言葉をいじりながら、官能的な陶酔感さえあった。秦夕美さんにとってもそうだったのではないかと確信する。(中略)

 十九冊目の句集『雲』が完成するのを待たずに、急逝されたのも、せっかちさゆえだったかもしれない。二十冊目の句集『?』の収録作品も、もしかすると、すでに書き終えていたのではないかとの気さえする。それくらい先に行ってしまったのだと思える。

  われに若い日のある不思議雪卍

  遠野火や金と銀なき千羽鶴

『雲』から巻頭と巻尾のそれぞれ一句を引いた。いかにも秦さんらしい、謎のある句である。謎の向こうに秦さんの微笑が見える。


 とあった。この他にも、受賞特別寄稿の書き下ろしに、森賀まり「忘れた過去」、髙柳克弘「どこまで俳句は面白くあるべきか」、和田華凜「初心」があり、和田順子句集『皆既月蝕』を読むの山崎祐子「覚悟の先にあるもの」がある。そして、連載では、楽しみの一つの小池昌代「こわい俳句」第20回「犬の舌枯野に垂れて真赤なり 野見山朱鳥」がある。それには、


 (前略)この赤は色彩の世界の最奥にあるもの。冥府へ続く扉の色だ。だから胸が締め付けられる。「哀しい」を通り越し胸が痛くなる。(中略)

 犬の赤い舌はあらわになった、朱鳥自身の心臓のようだ。どくどくと脈打ち、血の色も生臭く、生きてやると毒づいている。もう少し先まで読んでいくと、「ふとわれの死骸に蛆のたかる見ゆ」の一句が。目がついに、身体の外に出てしまった。


 とあった。

 秦夕美(はた・ゆみ) 昭和13年3月25日~令和5年1月22日。享年84.

 ともあれ、『雲』30句抄と本誌ご三家の競詠から句を挙げておこう。


  母さん此処さむいアムール川ちかい     秦 夕美

  鶴来る御時世なればおとなしく

  母乳の香よぎる八月九日朝

  「負ケタノ?」「そろそろ竹を伐らねばの」

  余寒なほキーウに杖の影いくつ

  平和てふ奥のおくには雲と薔薇

  春の雁きくは冥府のトテチテタ


  あの世からの参加も可なり花筵       池田澄子

  春風の丘や喪服の三姉妹         大木あまり

  カンターの角に三人花の雨         小澤 實

 


       芽夢野うのき「どこにでもある幸不幸夜の鯉のぼり」↑

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