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木村萄「青嶺遥かコキリコ節や鬱さなか」(『ゆんで』)・・・

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  木村萄第一句集『ゆんで』(ハイク&レンク出版)、跋文は二上貴夫。その跋の中に、  (前略) 木村さんが頭角を現したのは、二〇二〇年「晋翁忌 俳句俳文大賞」で、松下カロさんの特選に入り、「ヤコブの梯子」で見事三席を射止められた頃であった。  そのころ世間はコロナ禍で自粛生活が始まり、この先どうなるか不透明な情況。筆者は常々「もう後がないから」毎日毎週の精進が大事だと、声をかけて励ましていた。 (中略) 木村さんは、車を手放し趣味の金繕いも辞めて、日野から大山の「松鈴庵」へと「相頓寺連句会」に通い始めた。俳句に集中したいとの思いだ。その頃の成果は、入会間もない頃に巻いた「黒揚羽の巻」と、この句集に収録した「薤露青の巻」を比較して、段違いの言葉の密度がある。  と記されていた。そして、著者「あとがき」には、  (前略) ある日知人を車で送った時「私今、日野で連句やってるの」と聞き仰天した。濫読の果てに大岡信の蓮詩、連句、柳田国男、釈迢空の両吟の世界に魅せられていた折も折「えっ教わる所あるの?私も連句やりたい!」と叫んでいた。2016年「連句の前に俳句を」と言われ「詩あきんど」に入会。  とある。また、巻末には「連句」が五巻収められている。ともあれ、集中より、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておきたい。また、連句の中から、「十二調四吟『薤露青』の巻」の首部一連のみなるが、紹介しておこう。    歪なる冬瓜夢のなき眠り           萄    痛くて候芒つかめば血の滲む   汲めど汲めど湧く深井あり冬の虹   冬没日キュビズムめいてビル街は   忘れ花咲いてひそかに緋の色に   呪文解け淡き羽毛に融けてをり   日矢射してヤコブの梯子冬の海   草石蚕好きどこまで臍の曲がりたる   雪こんこあられ小紋は妣好み   大寒の朝いんいんと水滾る   夢殿の春くわんのんのおん鼾   空蝉の背なに一筋燻し銀       十二調四吟「薤露青」の巻   その色を着るいとをしき薤露青      木村 萄      星霧の呼吸そろりさきそむ      いけまり    優曇華のさししめしたる幸いに      中尾美琳        ジュラ紀に生まるるうみゆりの譚   竹村半掃  木村 萄(きむら・とう) 1942年、新潟県生まれ。        撮影・中西ひろ美「...

高野芳一「右ひだり8(エイト)ビートの白日傘)(第19回「きすげ句会」)・・

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    本日、7月13日(木)は、第19回「きすげ句会」(於:府中市生涯学習センター)だった。兼題は「海」+雑詠2句。計3句出し。以下に一人一句を挙げておこう。    海風に裾なぶられて蛸せんべい      山川桂子   蚊の覚悟われに有りやと叩くたび     濱 筆治    若者へ語り部老いてあの夏を       井上芳子   駄菓子屋の色の賑はふ海開き       高野芳一    引越しの見て見ぬふりの守宮かな     杦森松一    外っ国の人のくぐりし茅の輪かな     清水正之    太平洋ひるがえすスカートの白い波   大庭久美子    眼球注射まな板の鯉梅雨の海      久保田和代    力作も夏の海にはあくたかな       寺地千穂   呉の海繋がれし艦夾竹桃         井上治男    日の本の四海は静か夏の月        大井恒行 他に、愚生のみが選んだ句は、   白シャツとピンヒール「愛」は自尊のヴィーナスぞ   山川桂子 であった。次回は、8月24日(木)、兼題は「秋」+雑詠。        撮影・芽夢野うのき「天の川よそ見している少年ひとり」↑

三枝美枝子「砂時計夜のしじまに落ちる音」(立川市保健講座「俳句を楽しむ」第3回)・・

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  本日、7月12日(水)は立川市保健講座「俳句を楽しむ」第3回(於:立川市柴崎福祉会館)。今回の宿題は、「無季の俳句」を2句作ってくる、だった。三橋敏雄の平句独立論にあやかっている。ともあれ、無季の句を作ることによって、いわゆる季語を入れて句を作る方が、いかに自由に作れるか、を実感してもらおうというのである。これまで、愚生が受け持ってきたカルチャーでのワンパターンなのだが、初回は自己紹介俳句、2回目は季語を入れて、三回目は必ず無季の句を作ってもらい、最後の回は、嘱目吟、つまり吟行句会をすることにしている。実作の主要な課題はこれで、クリアーというわけだ。ともあれ、以下に一人一句を挙げておこう。    戦争はしない約束じゃんけんぽん       田村明通   我が地球なんと愚かかまた戦         和田信行    ひとり居のついの住処に机置く        西村文子    崖に咲くわずかな土を根にからめ       小池利江    防風林囲まれたる家処々に見え        奥村和子    ベランダの葉物も萎える一日かな        甲斐千里    湧き水の流れと歩む三千歩         笹渕美恵子   人模様 (ひともよう) 年重ねると複雑に    笠井節子    マティスの絵さかさまもよし全方位     福井多恵子    着信音やたら鳴りたるサスペンス       牟田英子    砂塵ごとの虫の心を吹きにけり        中尾淑子    大都会蟻とおんなじわたしらも       三枝美枝子    パンを抱え恋にご無沙汰しています      大井恒行  次回、7月26日(水)は、本講座の最終回である。会場付近をほんの少しでも散策していただいて、嘱目の句を作っていただく、いわゆる吟行句会にします。      撮影・中西ひろ美「白南風は青の中からやって来る」↑

黒田杏子「花めぐる一生(ひとよ)のわれをなつかしみ」(『藍生』7月号・終刊号より)・・・

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    「藍生」7月号・終刊号(藍生俳句会)、冒頭に藍生運営委員会・藍生編集長による「藍生会員の皆様へ」が掲げられている。その中に、 ②本号巻末掲載のとおり「偲ぶ会」の開催を決定しました。この「偲ぶ会」をもって、藍生俳句会最後の取り組みととすることといたします。 ③ご生前から検討されていた主宰の第七句集『八月』については、現在、鋭意、制作中です。  尚、この黒田杏子遺句集『八月』は藍生全会員へ贈呈する予定です。  とあった。黒田杏子の本誌本号の転載記事の目次のおおよそを以下に挙げると、「炎ゆる人炎ゆる雛ー『雛』をめぐる八十四歳の記憶」(特別作品50句)、「兜太現代俳句新人賞受賞式でのスピーチ」、「山盧三代の恵み」、「人に出合う 人に学ぶーそのまごころに導かれて」、「品がいいとは――篠田桃紅 鶴見和子さんの事」、「私の少年少女時代/愉しかった農村での毎日」などである。その「現俳協でのスピーチ 兜太を語る」の中で、  (前略) 金子さんは日銀を辞めて、加藤楸邨先生の後任として、新宿朝日カルチャー・センターの講師になりました。先生の俳句入門講座などには行かなかったのですが、「一茶の講義」だけには行きました。午前十時から始まります。私は博報堂の社員だったので、午前中の仕事を休んで、午後から仕事に行って、夜、残業するということで、(金子先生のこの講座を)全部、聴きました。金子さんは一茶について調べたり考えたりしたことをびっしり書いたノート二冊を持っておられました。大学ノート二冊びっしりなのです。 「先生、あのノート、ありませんか」と訊いたら、「それが出てこないんだ。それがあれば『兜太語る』の本に何にでも載せられるんだが」と言ってましたが、どうしても出てこない。皆さんに見せたいです。大学ノート一ページからびっしり、最後の最後まで一茶について書いてあります。  そういう勉強家であって、「でたとこ勝負」とか「大胆不敵」とか、そういうことは全部ウソです。金子先生ほど気の小さい人はいません。というのは悪い意味ではなくて、何の準備をしていないような顔して行って、「やあ、やあ」とか言って、やってるんですが、講演でも何でも全部、事前の準備がありました。 (中略)  私は六〇年安保世代の人間です。樺美智子と同じ年齢です。 (中略)  そうしたら、〈デモ流れるデモ犠牲者を階に寝かせ〉が、...

宮坂静生「はらわたの熱きを恃み鳥渡る」(『俳句鑑賞・1200句を楽しむ』)・・

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    宮坂静生編著『俳句観賞 1200句を楽しむ』(平凡社)、その「はじめに」に、   俳句の面白さは、謎解きにある。五・七・五音の十七音による最短の定型詩を読んで楽しいのは、意味がわかり、同時に映像があざやかに浮かぶからだけではない。作者が読者にさりげなく仕掛けた謎が理解され、謎を解くスリルを味わうことにある。謎は一瞬の驚きから、よく考えて納得する謎までさまざまである。ときには、これはなにか、と謎掛けを話題にしたり、中には謎がないことを不思議がったりする。そのような俳句の謎解きの楽しみを本書でじっくり味わっていただきたい。  とある。愚生の句も一句鑑賞されいる。これまで、この句を取り上げて鑑賞してくれた方はおられないので、図々しく、恥を顧みず、引用し挙げさせていただく。                       紫陽花や闇の白さをあつめたる    大井恒行『大井恒行句集』  夜目の紫陽花 (あじさい)を 捉えたものか。連想しやすいが、作者には〈ねむれねば悪戯 (わるさ) を思う日傘かな〉という句がある。   日傘を思うだけで誘惑したい衝動にかられるという。句には悪戯の仕掛けがあることを宣言したような作だ。  カラフルな紫陽花は闇の花。それも白い闇なので、おおかたは気が付かない。が、あの七変化にどんな罠 (わな) が仕掛けてあるのか。傍らを通るにも喰いつかれないようご用心を。◇紫陽花    名鑑賞というべきだろう。 本書には、このように1200句にそれぞれ200字ほどの鑑賞が施されている。他に、二十四節気一覧やエッセイ「 都のことばと鄙のことば――季語と地貌をめぐる九つの話」 、また「俳句を楽しむための書籍案内」、さらに作品と人名索引、季語・事項索引などが併載されている。気楽に、面白く、まさに充実の一書である。     ともあれ、以下に、集中より、句作品のみになるがアトランダムに、いくつかを挙げておきたい。    霾晦 (よなぐもり) 冨士を攻めいるペンキ絵師    須藤 徹      鏡には映らぬ家霊風光る              秦 夕美    海に出てしばらく浮かぶ春の川           大屋達治    無心する老婆もありて護憲の日           井口時男    水羊羹そちら向かぬはNO!ってこと         池田澄子    年とつ...

柳堀悦子「笑ふ父心にをりて盆用意」(『鼓動』)・・・

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 柳堀悦子第一句集『鼓動』(邑書林)、跋文は島田牙城「家族の鼓動」、その中に、  (前略) ところで、俳句の良さに短さと切れがある。「短いゆゑに切れが必要とされた」などといふ難しい話はしない。潔く言ひ切る氣無くして、俳句は作れないといふことをのみ、「短さと切れ」に感じればいい。ポツンと漏れる独り言や呟きとは、そこが違ふ。句集では、今まで抜いてきた句もおしなべてさうだが、世界を鳥瞰してゐるかのやうな大景であったり、季語を鷲掴みにする骨太の作品が到るところに現はれ、この俳句の良さが遺憾なく発揮されてゐる。 とある。また、著者「あとがき」には、 (前略) 父方の叔父、加藤四郎に勧められて俳句を始め二十二年になります。 私の祖父は父方俳句、母方は美濃狂俳を吟じ、ふたりとも稼業は全て家人に任せて俳諧にのめり込んでいました。二人の祖父の姿をみて育った私ですが、俳句には興味がありませんでした。  電気店を営んでいた父は神社仏閣、酪農の雷の電気事故が多くなっていることに気がつき被害を防ごうと、避雷機器の発明もしました。全国の落雷事故を無くすことが父の夢でした。雷鳴を聞くと双眼鏡を持ち出して外に飛び出して観察する父、落雷があればどこへでも飛んでいく父、私は研究熱心な父が大好きでした。結婚後も実家に通って防雷の仕事に打ち込む父と母と一緒に支えていました。しかし父はその志半ば、突然の事故のために亡くなりました。その時に私の心に空いた大きな穴を埋めてくれたのは、父の死の数年前に叔父から勧めらて始めた俳句でした。 (中略)  今年五月、九十四歳になった母は句歴約二年にして『風が吹く』を上梓しました。  慢性心不全なのでいつ鼓動が止まるかわからないと主治医に言われながらも、心配する私をよそに毎朝、ぱちっと目を覚まし、すこぶる元気にデイサービスに通っています。  とあった。集名に因む句は、    泥炭の沼や蛍の鼓動めく       悦子    村正の波紋の鼓動冬ざるる       であろう。ともあれ、集中より、いくつかの句を挙げておこう。    大夕焼窯の煙の染まりけり      一生を防雷事業に捧げた父へ   梅東風や好文亭の避雷針   枝はなほ水に傾き松の芯     凶御籤焚き上げてなほ厄日かな   母眠し母のとなりに日暮まで   母の日や百歳まではあと九年   雲州の浜に日矢差す神...

中里麦外「かげろいて元陽炎の身をやつす」(『唵』)・・

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   中里麦外第8句集『唵』(言霊社)、解説は中内亮玄「『裸の男』ー中里麦外句集『唵』を読むー」。その中に、  (前略)  前作の句集、「半島」にも仏教色の強い作品は多かったが、今回は「仏教」という括りよりも意味をなさないほどに主観が強い。  しばらく頭を抱えながら読み進めたが、次の句を読んで、ぱっと視界に晴れ間が覗くような安心感が広がった。    翁忌や哲学の骨詩 (うた) の骨  つまり、「私にとって俳句は、いかによく生きるかがその骨格であり、美しい言葉を肉として纏わせたものなのだ」と。麦外の俳句哲学はこうだ、と作品を通じて明示している。  大変に重い、人生を詠んだ俳句。しかし、これこそが作者が今、詠みたい本音の句であり、わかっていて詠んでいるのだ、ということが理解できてからは、心軽く、句を味わうことが出来た。  とあった。また、著者「あとがき」には、   本書は、私の第八句集である。題して「唵 (おん) 」という。  ことばが支配する世界は、壮大な〈まぼろし〉の中にある。そうだとすれば、ことばからの解放を目指すこと、それは、現在においても有効なのかもしれない。  なお、収載した怪しげな英文は、それぞれの原句を素材とした断想である。何かの足しとなればありがたい。  とある。集名に因む句は、巻頭の、    雲に鳥唵 (おん) をばひとつずつのこし    麦外  であろう。ともあれ、以下に、愚生好みに偏するが、集中より、いくつかの句を挙げておきたい(左ページにある英文は掲げず)。    雄鯨も地球もすすり泣くという    底清水黄泉 (よみ) には嘉 (よみ) すことありや   目を借られたるまますこしさすらえり   木が枯るるまでは木枯し吹きやまず   折鶴はもとより真の鶴をう   夏の月すこし狂いてすこし老ゆ   死ぬことができない身こそ紅葉す   前生 (ぜんしょう) はいつしか後生 (ごしょう) 寒卵   白鳥忌白鳥はまだわたらねど   手花火の手に果てたるも憎からず   沈思の木黙考の草みな枯るる   わが深き淵あり深く水澄めり   中里麦外(なかざと・ばくがい) 昭和18年、前橋市生まれ。       撮影・鈴木純一「永遠も刹那もここにねじのはな」↑