黒田杏子「花めぐる一生(ひとよ)のわれをなつかしみ」(『藍生』7月号・終刊号より)・・・

  



 「藍生」7月号・終刊号(藍生俳句会)、冒頭に藍生運営委員会・藍生編集長による「藍生会員の皆様へ」が掲げられている。その中に、


②本号巻末掲載のとおり「偲ぶ会」の開催を決定しました。この「偲ぶ会」をもって、藍生俳句会最後の取り組みととすることといたします。

③ご生前から検討されていた主宰の第七句集『八月』については、現在、鋭意、制作中です。

 尚、この黒田杏子遺句集『八月』は藍生全会員へ贈呈する予定です。


 とあった。黒田杏子の本誌本号の転載記事の目次のおおよそを以下に挙げると、「炎ゆる人炎ゆる雛ー『雛』をめぐる八十四歳の記憶」(特別作品50句)、「兜太現代俳句新人賞受賞式でのスピーチ」、「山盧三代の恵み」、「人に出合う 人に学ぶーそのまごころに導かれて」、「品がいいとは――篠田桃紅 鶴見和子さんの事」、「私の少年少女時代/愉しかった農村での毎日」などである。その「現俳協でのスピーチ 兜太を語る」の中で、


 (前略)金子さんは日銀を辞めて、加藤楸邨先生の後任として、新宿朝日カルチャー・センターの講師になりました。先生の俳句入門講座などには行かなかったのですが、「一茶の講義」だけには行きました。午前十時から始まります。私は博報堂の社員だったので、午前中の仕事を休んで、午後から仕事に行って、夜、残業するということで、(金子先生のこの講座を)全部、聴きました。金子さんは一茶について調べたり考えたりしたことをびっしり書いたノート二冊を持っておられました。大学ノート二冊びっしりなのです。

「先生、あのノート、ありませんか」と訊いたら、「それが出てこないんだ。それがあれば『兜太語る』の本に何にでも載せられるんだが」と言ってましたが、どうしても出てこない。皆さんに見せたいです。大学ノート一ページからびっしり、最後の最後まで一茶について書いてあります。

 そういう勉強家であって、「でたとこ勝負」とか「大胆不敵」とか、そういうことは全部ウソです。金子先生ほど気の小さい人はいません。というのは悪い意味ではなくて、何の準備をしていないような顔して行って、「やあ、やあ」とか言って、やってるんですが、講演でも何でも全部、事前の準備がありました。(中略)

 私は六〇年安保世代の人間です。樺美智子と同じ年齢です。(中略)

 そうしたら、〈デモ流れるデモ犠牲者を階に寝かせ〉が、金子兜太の句だというのを偶然知りました。日比谷公会堂、音楽堂の階段に……。ああ、これなら季語はないけれど、本当に哀悼の意を示すことができるというので、私は金子兜太という人についていきたいと思ったのです。東京女子大で山口青邨門ですから、青邨先生に訊きました。

「先生、金子兜太という人をどう思いますか」と。そうしたら、先生はキャンパスの中で立ち止まって、ちゃんと私の目を見て、「金子兜太君。黒田さん。彼は彼の道を行けばいい。彼はそれができる人です」というふうにおっしゃった。なんて、すごい!!だって山口青邨は有季定型の作家です。その人が、若き日の金子兜太をそういうふうに言った。だから、私は山口青邨に学ぶ道と金子兜太研究との二つを合わせ持って、進んでいこうと思いました。


 とあった。「黒田杏子さんを偲ぶ会」は、来る9月17日(日)午後一時より、如水会館(会費・1万円)で行われる、と案内されている。ともあれ、本誌中より、黒田杏子の句をいくつか挙げておきたい。


    戦時疎開で東京から栃木県南那須村の父の生家に一家で寄宿。この村で終戦日を迎えます。(杏子 六歳)

  昭和二十年疎開の村に雛を見ず

  戦争に勝つまで雛は飾らぬと

     首都東京はついに

  三月十一日炎ゆる人炎ゆる雛

  「戦争は終りました」と母の声

  祖母クニのほのかな微笑終戦日

   二〇二三年三月二十一日 四万十市石見寺に句碑序幕

  花巡る一生のわれの句でありぬ

  長命無欲無名往生白銀河


 巻末近くに、「藍生会員の中から新しい結社を立ち上げる方をご紹介します」とあって、

 髙田正子「青麗俳句会」/名取里美「あかり俳句会」

同人会については、

 同人誌「ASYL(アジール)(季刊・代表 五十嵐秀彦)

 俳誌「壺」(月刊・主宰 高橋千草)/「都市」(隔月刊・主宰 中西夕紀)

 俳誌「パピルス」(季刊・主宰 坂本宮尾)/俳誌「汀」(月刊・主宰 井上弘美)

 俳誌「いぶき」(季刊・共同代表 今井豊・中岡毅雄)


と案内されていた。



        撮影・鈴木純一「炎天や首がとんでも笑うだけ」↑

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