赤野四羽「燕の巣があります真摯へ帰る」(「noi 」vol.11より)・・

 「noi」vol.11(俳句雑誌noi)、特集は「口語俳句の沃野 その多様性と可能性」。その特集の扉には、


 noiには「野風抄」という、一年を通じて同じテーマで作品を寄せる「年間テーマ作品」欄があります。2025年、記念すべき初年のテーマは「口語」でした。口語と何か、俳句とは何か……。誌面を通して互いに試行錯誤しながら重ねてきた道程を振り返る。総まとめの企画です。


 とあり、論考に赤野四羽「口語俳句とNew Sincerity」、柳元佑太「分け持たれ得ないわたしによる分け持たれたわたしの分け持ち」、山口優夢「構成主体と作中主体 肉声を絞り出すための口語俳句論」、加えて「野風抄 2025 誌友一句鑑賞 記憶に残る一句」である。全部、紹介したいが、無理なので、興味のある方は、直接、本誌にあたられたい。ここでは、赤野四羽の一部を以下に引用しておきたい。


 (前略)さて、一口に『口語俳句』といっても、実態としては大きく二つのタイプに分かれています。それは『会話体俳句』と、『非文語俳句』。『会話体俳句』とは典型的には、

  「春雨じゃ濡れて行こ」とはよう云わん     武子  

  「小惑星来るんだってよ」「わあ桜」     陰山 惠

  でも先に熊が住んでいたんでしょ     増原まみ

のように、口語会話のセリフの引用の形をとる、あるいはそのままセリフになり得る形で一句を成立させる方法です。(中略)

 冒頭で述べたように、口語俳句というのはこれまで俳壇の大勢が避けていた、新たな『感性の配置』と考えることができます。虚子以降の多くの俳人がスローガンとしていた『客観写生』『花鳥諷詠』からは、口語俳句の流れは生まれてきませんでした。つまりそこには虚子を超えるなにかがある、ということになります。

 結論からいうと、口語俳句の実践は、俳句という文学の『新誠実性』『不透明性』『音韻性』を高めると考えています。(中略)

  では、口語俳句はどのように『新誠実』に接続するのでしようか。

  ねえはるかぜ分断の起点はどこ      福田春乃

  選挙に汗わすれられとるんかな能登    本城 清

  みんなにはみんなの鬱と乳酸菌      嶋村らび   (中略)

 では次の『不透明性』はどうでしょうか。

  ごはんつくりたくない夜のさくらもち   東田早宵

  ぶよ、ぶゆとつぶやくたびに湿る口   中村希奈子

  ねこじゃらしね、はいはいおやくそくですからね

                      岩浪青児   (中略)

 最後に『音韻性』、これはわかりやすいかもしれませんね。

  ビジネスで陽キャしてますチューリップ  岡 雲平

  チョコレートケーキにしゃらくせえ苺     ギル

  この雪じゃ無理っすよ僕バイトっすよ  堀あいだほ   (中略)

 音韻は、俳句の『質感』を支配します。口語では文語では使えない様々な音韻を使えるようになり、俳句の質感を大きく拡大するでしょう。また、口語では一分節が長くなる傾向があります。このことも、句跨りや字余り、破調など、リズムの多様化をもたらすでしょう。定型が乱されることに危機感を覚える方もいるかもしれません。私としては、むしろ俳人が韻律に対してより鋭敏になってくれていいのではないかと思います。(中略)

 普段口語俳句を作らない人も、手を動かしてみればその深みをじかに 感じたことでしょう。口語俳句だけが俳句の未来とはいいませんが、未来の一翼を担うとはいってもよいのではないでしょうか。


 第二特集は、「対談/歌人・小島なお×俳人・神野紗希『口語・文語 それぞれの魅力』」。とあった。また「俳句時評」に池田宏隆「大学俳句という運動体(ムーブメント)」など。                         

 ともあれ、本誌本号のなかより、いくつかの句を挙げておこう。


  ロマネスク累累デボン紀の海底      植 朋子

  デウス・エクス・マキナ真つ赤な砕氷船  藤 雪陽

  ちょっと傘もってて苔にこんな花    斎藤よひら

  初蝶が音符を拾いながら来る      武智しのぶ

  ぼとぅんぼとぅん蛇口の聖夜・聖歌・鈴  櫻 栄二

  歩く鳥世界にはよろこびがある      佐藤文香

  春はすぐそこだけどパスワードが違う   福田若之

  片思いみたいな気持ちで鵜飼見てた    髙田祥聖

  種なしに種があり秋の晴れかた      友定洸太

  おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ

                       御中虫

  雪まみれにもなる笑つてくれるなら    櫂未知子

  春の山私ばっかり喋ってる        北野小町

  ごきぶりを踏まずに俺とごきぶりは    吉川拓真

  冷蔵庫好きに使って、ここにいて    宮下ぼしゅん



      撮影・鈴木純一「人殺し二人そろえば褒めおうて」↑

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