筑紫磐井「来たことも見たこともなき宇都宮」(「コールサック」123号より)・・

 

「コールサック」 〈石炭袋〉123号(コールサック社)特集Ⅰは、「関悦史が聞く昭和・平成俳人の証言(6)/筑紫磐井ーアンチテーゼ的評論の源流」、活字2段組34ページに及ぶインタビュー記事である。筑紫磐井のこれまでの歩みが、概観できるものだ。末尾には「筑紫磐井(つくし・ばんせい)略歴」「筑紫磐井自選30句」を収載。記事中に、


   有季定型が大事?……『定型詩学の原理』

 実は以前から私が影響を受けたのは高野辰之という人の『日本歌謡史』という名著。これはかなり前から読んでました。古代の歌謡から始まって、明治に至る歌謡を全部完璧に分析しています。加藤郁乎賞の授与で郁乎が指摘しているのはさすがだと思いました。ただ、どちらかというと高野は内容的な分析が多いものだったんですけれど、私は内容を切り捨てて、その形式だけでやってみたいと思うようになりました。(中略)今俳句の方で大事と思っている定型五七五って、五と七でできてるっていう。これ、どこからできているかっていったら、和歌の途中からでっすよね。万葉集は冒頭の歌は五七でできていないんです。これ、さかのぼると日本書紀、古事記の歌謡と同じで、不定の長・短・長・短の繰り返しだけ。だから、日本人が五七音が好きだったというのは、あれ嘘だと思っています。(中略)

   俳句史は今、俳壇史

 続ければ、私が『戦後俳句史』の中で六十二年から平成六年ぐらいの「結社の時代」という角川の「俳句」がキャンペーンを張った時代があったと言いました。これは川名さんの『昭和俳句史』の外にあるので無視されていますが、非常に大事です。これを引き継ぐように、「俳句って楽しい」っていうそういうカルチャーが、辻桃子の「童子」あたりから始まってます。あるいは黛まどかの「ヘップバーン」もそうしたところがあるかもしれないし、黒田杏子さんも彼女自身歴史的視野を持っているけど、あの人の俳句の指導はやっぱり「俳句って楽しい」っていう意識だと思います。それがまた現在の夏井いつきに引き継がれていると思う。だから、もはや表現史の時代じゃないんです。(中略)だから、悪いとは言ってないけれど、そういう風な時代から表現史は排斥されてるっていう意識は、頭に入れておいた方がいいんじゃないかなと思う。

 その結果が平成、令和になったら、もう俳壇無風です。そして私が言っているのは、三協会統合、ユネスコ登録問題とかね、俳壇構造を変える現在のホットな問題に繋がります。

 (中略)5,俳壇問題/有馬朗人との関わり

 政治家っていうのは、何か特定のミッションを達成するのが使命ののように思われているけれど、状況に合わせていろんな手を使っていくわけです。だからユネスコの話もそうだと思いますよ。ユネスコそのものが実現するかといったら、登録なんてもう二十年先ぐらいしかできないんだろうと思います。

  (中略)(愚生注、有馬氏の)「俳句には有季定型も、無季も自由律も含まれる」の発言が表明されたのを筑紫が発見確認した。そこで、本インタビュー直後の八月、能村研三協議会会長、四協会の星野高士会長、井上泰至会長、片山由美子会長、高野ムツオ会長に筑紫以下が訪問会見し設立時の有馬発言を確認した。実に八年ぶりに俳句の定義が文書化されたのである。(中略)

   三協会統合論への反響は

 三協会統合もそれからユネスコ登録も本質はね、同じなんですよ。(中略)俳壇問題なんですね。俳句の固有の問題じゃない。三協会に分れてるのは協会の問題だし、それからユネスコ登録も実は四協会が協力しようと言ってるだけで、一般俳人は何も関係ない。それで、どうして俳壇問題なのかといったら、俳句に無季、それから自由律を入れるかって、それの是非を巡っての対立だから、全部俳壇問題で、良心のある純粋な俳句作家には何の関係もない。だって、ユネスコに入ろうが入るまいが作家の信条は何も変わらないでしょう,多分。(中略)

   財団法人は俳句文学館を作っちゃえば

 じゃあ具体的にどうしたよいか。組織問題はそんなに簡単じゃないと言われます。私が言ってるのは、三協会あるいは四協会を廃止して、その上で財団法人俳句文学館を作ったらという案もあると言っています。高野さんところ、日本現代詩歌文学館と同じやり方です。施設が中心で、あそこに属する会員を作ればいいですよ。そうすれば手続きの複雑な総会なんていらないんです。多分、協会の事業の中で世の中の俳人がみんな関心があるのは、俳句文学館が潰れないで残ってほしいということでしょう。あるいは老朽化を何とかして欲しい、人たちの句集が永遠に残って欲しい。そのためには、それを最優先目的と考えれば、変にたくさん協会があったり、沢山の賞があったり(もちろん一つになってからたくさん作ってもよいですが)、役員が仲間内で人事をやったりなんていうんじゃなくて、俳句文学館の存続こそ現在の俳壇の最大の問題だと認識すればいいんです。それを財団化するのが一番いいと思いますよ。

 

 とあった。ともあれ、本誌、自選30句よりいくつかの句を挙げておこう。


  良夜とは墨のひろがりはじめかな        筑紫磐井

  八月は日干しの兵のよくならぶ          〃

  もりソバのおつゆが足りぬ高濱家         〃

  俳諧はほとんどことばすこし虚子         〃

  阿部定にしぐれ花やぐ昭和かな          

  犬を飼ふ 飼ふたびに死ぬ 犬を飼ふ       

    金子兜太

  老人は青年の敵 強き敵             

    東日本大震災

  吾(あ)と無                  〃


 筑紫磐井(つくし・ばんせい) 1950年、東京生まれ。



        撮影・芽夢野うのき「月光と違う色して月見塔」↑

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