荒木久子「男二人長き語らひ花八ツ手」(『花あかり』)・・
荒木久子第一句集『花あかり』(東京四季出版)、序は名取里美「涼しの女人」、その中に、
荒木久子さんを、季語でたとえれば、〈涼し〉がぴったりあてはまるとおもう。ときに和服を楚々と着こなし、俳句も洋裁もスイミングもお得意。背筋もすらりと気丈な美人であるからだ。(中略)
毛虫焼く女に迷ひなかりけり
夜長なり句に生かされて護られて
白藤をふと蒼天に見失ふ
花御堂まで花びらの水たまり
この毛虫の作品は、「藍生」で黒田杏子先生にも評されていた作品である。この女のよにうに、荒木さんは迷いのないご信念のある方である。俳句に護られてきたという荒木さんのこの上ない歳月。天をにぎわす白藤は空のどこに消えたのだろう。花御堂までつづく水溜りに浮かぶ桜の花びら。仏生会の花のあかりの荘厳である。
俳人として、この世のあらゆる美や真実を、俳句作品にとどめるその力量に、私は敬意を抱く。
とあり、また、著者「あとがき」には、
令和五年三月俳句結社「藍生」は主宰の黒田杏子先生の逝去により終刊となりました。
同時に私の俳句人生も終止符を打つはずでした。
ところが句縁は切れることがありませんでした。名取里美先生の「あかり」俳句会立ち上げにより、私も参加させてもらうことに。(中略)
話下手な私は割と筆まめな方であり、表現方法として、俳句はよく合っていると思っています。
日記の隅っこに書いたつぶやきが、俳句となっていきました。
『花あかり』は藍生集投句の杏子先生の選を受けた句を中心にまとめ上げました。
とあった。そして、集名に因む句は、
小さく産み大きく育て花あかり 久子
であろう。そして先日、送られてきた「あかり」第3号(あかり俳句会)には、荒木久子の句のひとつに、
木の実降る子の入りたき遊びの輪
があった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、以下に、いくつかの句を挙げておこう。
喪の服にそれぞれの黒秋時雨
恋猫の恋して癒す恋の傷
枇杷の実の取れずに取らず取り残す
使ひ回し終ひ打水風立ちぬ
子の笑がほ泣きがほ雛すましがほ
大声の子供班長草紅葉
桜蘂降るこの道の行き止まり
青芒知らぬ間に人傷つけて
雷鳴やベートーベン奇数シンフォニー
秋茄子の茄子紺漬かりよろしかり
つくづくし異父兄弟と異母姉妹
やはらかに雨音吸ひて麦青む
存へて桜百句や杏子の句
荒木久子(あらき・ひさこ) 1943年、横浜生まれ。
撮影・芽夢野うのき「夕焼けの家々に冬もどりつき」↑

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