四ッ谷龍「書くペンは神の火の矢として疾走(はし)る」(「むしめがね」No.23)・・


 「むしめがね」No.23(編集兼発行人 四ッ谷龍)、特集Ⅰは「再論・田中裕明(連載その1)序論 田中裕明の俳句を視覚面から見る」、特集Ⅱは「震災の翌年にいわき市を訪れて」。句作品に「地球の耳の穴」、その序には、


 2016年9月に句集『夢想の大地におがたまの花が降る)を刊行していらい、私はほとんど俳句を発表してこなかった。以前と変わりないペースで句作を続けているが、俳句ブームで世の中には句があふれかえっているのを見るにつけ、あらためて他人と競うように自分の作品を並べたてることへの意欲が低下してしまっていた。そうは言ってもそれらを秘蔵したままに終わらせるのも作った句に対して気の毒な感じがしないでもない。今まで未発表だった俳句を今後一年ずつ活字にしていこうかと思う。今回は2016年に作った作品である。


 とあった。ようするに8年前の作品である。愚生好みになるが、以下にいくつか挙げておきたい。


  冬の池へと影法師つまみ捨つ         龍

  紅梅とぽとりぽとぽと眠りゆく

  無限回路続く続く演算蜷の道

  蝉穴の底にまだ居る変な奴

    中西夏之さんの訃報

  匂夾竹桃かの眼差に射抜かるる

    サイアム・オーシャンワールド

  竜の落とし子他の一匹をゆるく巻く


 また、「再論。田中裕明(その1)/序論 田中裕明の俳句を視覚面から見る」の中に、

  

 (前略)今回の一連の考察では、裕明俳句の特徴を「用字」という視覚的観点から出発して分析していくのだが、視覚性以外の関連テーマにも言及することになるだろう。そして最終的には、人間の知覚は人の世界観とどのように結びつき、作者の世界観はどのような知覚表現をとって俳句の形となるかを考えることになるだろう。(中略)

 田中裕明の晩年の作品では句頭韻の手法が盛んに使われているということ、その使用が『先生からの手紙』の後期から始まっていることをかつて私は指摘した(「土星の輪の下で」、前掲書)。そうだとすると、彼の句では前半期の漢字の字形の美しさに重点を置いた視覚的な美学が後退するのと入れ替わるように、晩年の句頭韻を使った感覚的手法が全面に出たと言いうるのではないだろうか。目で見ての審美的な構成から、内面的な音声の流れの探求へと関心が移行していったのだ。違う言い方をすれば、前半期では「字形による押韻」のようなものが試みられ、後半期にはそれが「音声上の押韻」に代わったと考えることもできるだろう。


 とあった。以下には、「震災の翌年にいわき市を訪れて」の講演録から、各人の句を挙げておきたい。


  プール内壁青し際まで瓦礫積まれ      四ッ谷龍

  新しき鳥居をくぐりひらける虹      宮本佳代乃

  花びらの縁の紅濃き蓮かな         相子智恵

  ゴキブリホイホイ駅のトイレにありて秋   関 悦史

  サーファーの風を碑ともおもふ       鴇田智哉

  帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく岸とふ文字を歳時記に見ず 

                           美智子皇后(当時)


             本阿弥書店社長・奥田洋子氏挨拶↑

★閑話休題・・島貫恵「月射してジョーカー吾を離れざる」(第38回俳壇賞/「俳壇・歌壇 懇親の集い」より)・・



         曽根新五郎からもらった自句入りの煎餅↑

 本日は、本阿弥書店「俳壇・歌壇 懇親の集い」(於:アルカディア市ヶ谷)に夕刻より出掛けた。いつもの俳壇の方々にも久しぶりだが、三枝昂之、伊藤一彦、田村雅之、宇田川寛之、塚本靑史ら短歌関係の方にも久しぶりで会え、それぞれ少し話ができたのは嬉しかった。ともあれ、第35回歌壇賞の方の一首を挙げておこう。


 可視光は色の名前をもつひかりあなたに硝子の小鳥を見せる   早月くら



        撮影・鈴木純一「雪の雷その後またと轟かず」↑

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