友岡子郷「返り花知己のひとりは国の外」(「鬼瓦版」復刊第1号より)・・

 

「鬼瓦版」復刊第一号(中嶋鬼谷個人紙)のタイトルは「龍太と子郷」である。それには、


 『友岡子郷俳句集成』(沖積舎)の略年譜によれば、氏が俳句の出直しを決意し、爽波の「青」を辞して、飯田龍太の「雲母」に投句を始めたのは昭和四十三年、三十四歳の時であった。

 同年十一月号で、はやばやと巻頭作家となる。以来、「雲母」終刊にいたる間に、氏の俳句は次のように龍太選「作品」欄の巻頭を飾った。

  柳散る直路直歩のかなしみ湧き     昭和43年11月号

  跳箱の突き手一瞬冬が来る       同 45年1月号

  走馬燈草色の怨(をん)流れゐる    同 49年10月号 

  皓として臥すのみの父野分中      同 51年12月号

  真夜に島離れゆく船青薄        同 61年10月号

  日の永きこと瘦脛の川番と       同 62年7月号  (中略)

 『友岡子郷俳句集成)の「跋」に心に沁みる文章がある。十代後半から俳句に取り組み、以来半世紀余が経過した。時に俳句実作の心の錘がぐらつくことも少なくなかったが……、

「そんな私に、かけがえのない確信を与えてもらったのは、今は亡き飯田龍太先生であった。その確信を要約すれば、俳句は俳句らしく純正に自立しているということである。理に陥らず、無垢な自然が伝えてくれるもののなかで、真の自己を見いだすこと。世に阿(おもね)らず、ひとりひそやかに句を作ること。」(中略)

 「詩や短歌はお金にならないが俳句は一番儲かる」とのたまわった人物もいる。「俳人なんてチョロイものだよ」と放言した俳句誌編集者もいた。

 権勢によりかかり、肩で風を切って歩くような人物は詩人にはなれない。詩人は名刺にずらずらと肩書を記す必要はない。会員の多寡が俳人の価値を決めるのではない。(中略)

その願いを実践していた人、それが友岡子郷であった。


 と記されている。



★閑話休題・・刀禅創始者・小用茂夫著『“謎の老師“が教える身体の基準の創り方/揺腕法(ようえんほう)』(日貿出版社)・・


 その帯の惹句に、


 武術界で“謎の老師“と呼ばれる著者が多年にわたる武術修行の果てに見つけたのは、全ての運動の出発点となる「身体の基準性」だった。

 腕を振るだけ!シンプルな運動で身体のOS(基本システム)が変わる!


 とある。



         QRコードによりユーチューブで見ることも出来る↑

 “謎の老師“と呼ばれる小用茂夫は、愚生の弘栄堂書店勤務時代の同僚である。彼は、若い一時期、1970年代、書店業界において、書店が自分自身の企画によるテーマのブックフェア―を初めて実践し、今風に言えば、カリスマ書店員の一人でもあった。そして、愚生の20代後半から30歳代にかけて、新陰流兵法の稽古に一緒に励んだ同門でもある。そう言えば、短期間ではあったが、操体法研究会も一緒だった。しばらくして彼は岩波書店に転じたが、本場に行き、形意拳などを修行した。岩波書店を定年退職すると、「刀禅」を創始したのである。本書の「あとがき」ともいうべき「おわりに代えて『再現性』と『公理』」で次のように述べている。


 本書でご紹介している揺腕はもちろん刀禅で行っている稽古方法や講座での指導の際に、私が一番大事にしていることは「再現性」です。

 ここでいう「再現性」とは、どこで誰が行っても稽古の効果に再現性、つまり、同じことを行えば年齢や性差、体格、性格、そして才能に関係なく同じような特性・効果が顕れるということです。(中略)

 あらゆる条件から自由で、個々人の能力に応じて伸ばせる再現性のある稽古方法。そのためには「飽きる」という感覚すら生まれないほどシンプルで、それでいて基準の精度を無限に突き詰められるものである必要があるのです。言い換えれば、私がいなくなっても、普遍的な「公理」として、誰が行っても持続可能な稽古方法であることを目指しているのが「刀禅」であり「揺腕」なのです。(中略)

 その法に随(したが)い繰り返していき身体が整序されるに従い、様々な変化が湧き出してきます。「個我」の壁を超える時に顕れるようなとても興味深い変化なのですが、それについては読者諸賢の身体をもって検証していただくほかはありません。お試しいただけると嬉しい限りです。


 とあった。愚生も是非試して、長く続けていきたいと(身体を整える健康法?)想っているところ、俳句と同じく、継続こそ力を信じて・・・。



     撮影・芽夢野うのき「冬日ふっと掬えば水の匂いかな」↑

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