タゴール「正しくないものが勢力を伸ばしても真実に変わることはない」(『本の虫/二人抄』より)・・
劉永昇・古田一晴『本の虫 二人抄』(ゆいぽおと)、劉永昇「はじめに」に、
この本は、朝日新聞名古屋本社版に約10年にわたって連載したコラムを単行本にまとめたものである。タイトルが示すように連載の趣旨は「本にまつわる四方山話」というゆるやかなものだったが、執筆者に起用されたのはそれぞれ異なる立場から「本」を生業(なりわい)とする三人の「虫」どもであった。古田一晴さんは名古屋の新刊書店の店長。選書の見事な棚づくりは「古田棚」と呼ばれ、全国的に有名なカリスマ書店員。共著者のわたしは、名古屋の小出版社の編集長。もう一人は、やはり名古屋で古書店をいとなむ鈴木創さん(本書のコラムは未収録)。
とあり、古田一晴「おわりに」には、
本書の刊行作業の真っ最中に、私の勤める書店の閉店が決まった。(中略)その作業に慣れたころから、ちくさ正文館書店の遺品整理的モードの作業が並行して始まった。
とあった。愚生は、かつて俳句総合雑誌「俳句空間」の販売営業で古田一晴に会い、ちくさ正文館書店に置いてもらえることになり、毎号、お世話になったのだ。つまり、その頃から(30年前?)、書店業界のなかでは、名古屋だったら古田一晴に頼めと言われていた人である。だから、本書のなかでは、愚生にとても縁の深かったおふたりについてのエッセイがある。一人は、「珠玉の詩集、世に出し50年」の書肆山田の鈴木一民であり、もう一人は、「柴田さんが亡くなった」の岩波ブックセンターの柴田信である(奥様は俳句をなさっていた)。愚生も弘栄堂書店に勤務していたので、古田一晴のエッセイには納得のいくものばかりだ。なかでも、書肆山田で言えば、初期に刊行された瀧口修造『地球創造説』、村松和明『村山槐多全作品集』(求龍堂)、宮田毬栄『わすれられた詩人の伝記/父・大木惇夫の軌跡』(中央公論新社)、「平出隆さんの本と展覧会」(『私のティーアガルテン行』・紀伊国屋書店)、そして、何と言っても、地元名古屋といえば、美術評論家でもあり、俳人でもあった馬場駿吉句集『耳海岸』など、あげれば切りがない。馬場駿吉の句を少しあげておきたい。
常ならぬ世に大いなる春の月 駿吉
薔薇園の薔薇の獄(ひとや)となして老ゆ
手に提げて紫陽花はわが鬱の脳
風神の足蹴にしたる牡丹かな
耳海岸ここ番外地桜貝
ブログタイトルにしたのは、劉永昇「タゴールが見た戦前日本」の結びに引用されたタゴール詩集『迷い鳥』(川名澄訳 風楳社)のものである。冒頭には「かれは考えた、武器は神であると。」(『迷い鳥』)。
★ここでは、柴田信つながりで、石橋毅史『口笛を吹きながら本を売る/柴田信、最終授業』(晶文社)、その序「いつだって会える名翁」には、
東京の神保町に、岩波ブックセンターという書店がある。
売場は七十坪。入口から全体が見渡せるほどの大きさの店である。(中略)人文社会系の専門書が目立つので、人によっては敷居の高い印象を受けるかもしれない。(中略)この店を長年にわたって営んできたのが、本書の主人公、柴田信(しばたしん)サンである。一九三〇年生まれ。まもなく八十五歳の誕生日を迎える。(中略)
柴田サンは新刊書店の業界ではわりと知られている一人といってよいかも知れないが、その枠をでれば無名の、一介の書店主に過ぎない。(中略)
過去になにかズバ抜けたことを成し遂げた人、というわでもない。(中略)
どこまでいっても普通。そんな人の一代記を、いったい誰が読むだろうか?
矛盾するようだが、いつかこの人の話を一冊にまとめたい、と思い続けてきた。柴田サンは普通であること、平凡であることに自信をもっている。他愛ない雑談に見せかけて、じつは大事なことを伝えようとしている。
と、あった。その柴田サンに、さして長期間ではないが、愚生の長女を学生アルバイトとして雇っていただいた。もう25年ほど以前のことである。
古田一晴(ふるた・かずはる) 1952年、名古屋市生まれ。
劉 永昇(りゅう・えいしょう) 1963年、名古屋市生まれ。
石橋毅史(いしばし・たけふみ) 1970年、東京生まれ。
句・鈴木純一 ↓
ら や
た ら
し れ
え た
か ら
り や
コメント
コメントを投稿