岡田マサノ「裸木にもたれて空のひろさかな」(『花のやうに』)・・


  各務麗至編・岡田マサノ句集『花のやうに』(詭激時代社)、その「あとがき」の中に、大正七年十一月四日生まれ。もう俳句はできないと言ったが、最新作「夕桜」を巻頭に置いた。この春の句作ノートから選んだ。

 俳句が六十歳を過ぎた頃の母の、川柳に、短歌にと習い始めた後の行き着いたひとつの生き甲斐らしく見えた。(中略)

 十七年の秋祭まで、母はまだ書いたり消したりしていた。どんどん小さく丸く無垢になってゆく。いつもにこにこありがとありがと繰り返していた。その後の入院も、どうしようもない生死の、何か揺れるためらいのうちの出来事と思えてくる。いざ入院すると完治して帰るという意志は見えなかった。(中略)

 「一番しあわせな今逝けたら思い残すこともないのに、と。口癖のように言っていたから、もう死なせてもらえる、と言う、強固な確信を持ってしまったのだと思えて仕方ない。兄も義姉も、そのつもりかも知れないということは、思いながら、それでも……。

 平成十八年五月午後十時二十五分永眠。(中略)

 野辺の送りは、途中突然兄が思い出した道で、母の子供時代の街並をうしろに「ごくらくばし」を渡ってゆきました。

 先の小句集『残る生へ』は「夕桜」から「迎春花」までの百三十八句だったが、今回「句萌拾遺」百三十四句を加えてささやかな追想集を編みました。お目通しを頂けますよう念じ上げ、ここに生前のご厚誼を深謝し衷心よりお礼申し上げます。――七七忌に寄せて。

                     ー追補二版「句萌拾遺」となっております。


 とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。


  みほとけのほとけの桜ふぶきかな      マサノ

  春昼や誰が為ならむ泣羅漢

  寒雀遊ぶや馬頭観世音

  はつなつや片言の嬰に招かるる

  薫風や大樹がもとの老遍路

  水かへてしんじつ金魚せはしなや

  笙の音や瞳あつめて舞扇

  金色に陽は沈みつつ海雲雀

  手を筒に呼んでをりけり雲の峰

    ー智弘の婚礼

  汗を拭く顔少年になつて来し

  稲妻や力のこもる嬰の指

  揚雲雀天に梯子のある如く

    ー各地方法務局歴任のご褒美なのに

  褒章通知辞退の兄や山笑ふ

  亡夫通し父母とほし彼岸花

  誰彼と会ふや桜ふぶきなか

    ー平成十七年十月入院 母の部屋には

     短冊「なのはなや天あをあをとなにもなし」がならび……

  長生す咎める人も無き余生


 岡田マサノ(おかだ・まさの) 大正7年11月4日~平成18年5月29日、香川県三豊郡観音寺町生まれ、享年89。



       
 芽夢野うのき「葉牡丹の渦のなかなる家族かな」↑

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