和田悟朗「白鳥や空母浮かんでなにもせず」(『和田悟朗の百句』より)・・
森澤程『和田悟朗の百句』(ふらんす堂)、巻尾の森澤程「認識と感覚の立体交差」の和田悟朗「科学と俳句」の引用の中に、
(前略)俳句が文学かどうかは意見の分かれるところであるが、ぼくは文学であるという立場に立つ。文学の対象には恣意(しい)性があるが、それはいい加減というよりは、文学の一回性という必然である。科学の方でも、何に興味の焦点を絞るかという点にやはり恣意的な必然があろう。科学の再現性というのも、単純化した系で近似的にだけ再現可能なのであり、正しくはやはり事象は一回きりしか起こらない。また、思い切っていうなら、科学も俳句もその表現はことごとく比喩であると思う。
とあり、森澤程は、
うそ寒の水銀玉となりたがる 『七十万年』
水銀という物質に対し、自らの体験や感覚が接ぎ木されている。これは擬人化とは風合いを異にする表現意識、あるいは方法であると感じる。「うそ寒」という季節の共通感覚をベースに、「水銀玉となりたがる」は、水銀も寒くてまるくなるのだという悟朗の体感ともいうべき表現となっている。
と述べている。また、和田悟朗は、赤尾兜子亡き後の「渦」誌をよく支えた思う。一例を挙げておきたい。
機関車の軌跡は消えず鬱王忌 『人間律』
平成17(二〇〇五)年刊
大雷雨鬱王と会ふあさの夢 赤尾兜子『歳華集』
「鬱王忌」は赤尾兜子のこの句からとられたのだろう。兜子の年譜には「昭和56年3月17日午前8時5分、自宅付近の踏切にて急逝」(『赤尾兜子の世界』和田悟朗著)とある。「鬱王」は漢籍に通じる兜子らいし造語で、兜子句の「あさの夢」には、鬱の絶望の極みにおける透明感や矜持も感じられる。
「機関車の軌跡」に、次の句を思う。
機関車の底まで月明か 馬盥 赤尾兜子『歳華集』
ともあれ、以下に句のみになるが、いくつかの句を挙げておこう。
みみず地に乾きゆいくとき水の記憶 悟朗
秋の入水眼球に若き魚ささり
かたつむり葉の南端に陽を見張る
妻死す
かの髪の幾万本に青あらし
かぐわしく少年醒めて蟬の仲間
春の家裏から押せば倒れけり
永劫の入口にあり山さくら
古時計鳴るにんげんの春の声
夏至ゆうべ地軸の軋む音すこし
即興に生まれて以来三輪山よ
閏(うるう)秒もて相隔つ去年今年
爆弾をよけたる我に夏景色
阪神大地震
寒暁や神の一撃もて明くる
青山に入りて白日重信忌
爆裂の霊戻り来よ敗戦日
たましいと立体交差して糸瓜
夏至落暉瞬間に居りわだごろう
森澤程(もりさわ・てい) 1950年、長野県生まれ。
★閑話休題・・森澤程「鉛筆の逢魔が時を鹿の声」(「~ちょっと立ちどまって~2023・11」より)・・
森澤程つながりで、一ヶ月一度の二人の葉書通信「~ちょっとまってたちどまって~2023・11~」。もう一人は、
各々の水輪消し合ひ鴨の陣 津髙里永子
撮影・芽夢野うのき「あの日ははるか京都の紅葉らしくいる」↑

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