大高霧海「梧逸の句『無口を愛す』吾亦紅」(『水晶』)・・
大高霧海句集『水晶』(東京四季出版・俳句四季文庫38)、序は(1996年首夏とある)、松本澄江、その中に、
(前略)霧海氏はその人格に公私共に影響されて俳諧の道を一途に歩み成長され、今日に至っている。従って、虚子、風生、梧逸という私の師系をも踏襲され、研鑽を怠らず写生に徹して来られた。その徹底ぶりは、たまたま家が同じ町内ということもあり、毎日十句を朝のジョギングの折に発行所の郵便受に入れ添削を求められた。従って受け入れる側もうかうかしていると句稿が溜るのでその都度拝見しては返稿した。初めは三ヵ月もすればよいがと思っていたのだが、それが半年となり、一年、三年、五年と続き今日迄続いていることは驚異というよりほかにない。(中略)
霧海氏は常に己を戒め克己心が強く、しかも、向日性で勉強家である。その人柄が俳句の上にも滲み出ていよいよ魅了する深まりを見せることは疑う余地がない。今ここにウイーン、ハプスブルグ家遺宝水晶の高脚杯の写し絵が高雅な紋様を浮彫に輝きを見せている。句集『水晶』が褻の人々の深奥に光を与えんことを願い心より幸あれと祈るものである。
とある。また、本文庫版のための著者「あとがきⅡ」には、
(前略)私は入門当初先師松本澄江先生から「客観写生」「徹底写生」「発見写生」に徹するよう厳しく指導された。晩年の俳人としての出発であったが、澄江師のご指導のもと今日まで三十六年間俳句に精進できた。弁護士生活の晩年俳句の道に学んだことが、私にとって大変感性豊かに毎日を送っていることにつながり感謝している。これも俳句の道に導いていただいた上山如山先生のおかげである。(中略)私の原点である句集を私自身反省すべき点を点検して、今後の句作に生かしていくよう心掛けたい。
とあった。ともあれ、集中より、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておきたい。
阿蘇五岳寝釈迦をなせり今朝の冬 霧海
トーチカの廃墟そのまま葱坊主
秋蝶のたよたよ渡る芝翫河岸
ゴールデンバット墓前に桜桃忌
津軽はや秋草のなか梧逸句碑
卵食ぶ三鬼の句あり原爆忌
五体投地大暑にたへし修行僧
一茶庵
笑栗やつひの栖の土蔵裏
芋の露いびつに貌をうつしをる
松山
露人墓地入り口飾る犬ふぐり
文晁寺
山清水したたるひびき立子句碑
風生碑建つ結界に濃りんだう
広島忌ドームかたぶく旱川
母逝く
弥陀の掌に母みまかりし彼岸かな
杭州
花の句碑龍頭龍尾あしらひぬ
西安
王羲之碑一字千金花の雨
大高霧海(おおたか・むかい) 昭和9年、広島県生まれ。
芽夢野うのき「たますだれ花は珠なれよく弾む」↑
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