魚住陽子「逆光の家族写真に飛花あまた」(『坂を下りてくる人』より)・・
魚住陽子短編集『坂を下りてくる人』(駒草出版)、その帯には、
魚住陽子短編集/個人誌『花眼』掲載の10編他を収録
ここに/いないものを/ここで/想うということ
どんなに強く望もうと/永遠に続くものはどこにもない……
移ろいゆく時のなかで/人を想うとき
希望は、見えない坂の向こうに
とあり、また、表4側の帯には、
かつて「花眼・ホゥエン」という美しい言葉の、
美しい意味を教えてもらったことがある。
近くものは朧にかすみ、遠くのものだけが晴朗に見渡すことができる目。
平たく言えば老眼のことだけれど、
広義には「春の満開の花の中に秋の衰弱と凋落を見、命の輝きのさなかに死を予見する。
反対に秋の別離と荒廃の最中に、萌え出る生命と、満開の花を透視することができる」
という意味もあるのだろう。 『花眼』No.1「あとがき」より
とあった。その「『花眼』No.1 あとがき」2006年6月の冒頭には、
十五年間の透析生活にピリオドをうって、夫の腎臓をひとつ貰い、移植手術をうけてから一年三ヵ月になる。
十時間に及ぶ大手術となった翌日、まだ身体中管だらけの私のベッドにようやくたどりついた夫が「君のものになった腎臓をジンタロウと呼ぶことにしよう」と言った。
移植というのは再生でもなければ、蘇生でもなく、復活でもない。移植後の私にどれほど必要な臓器であっても、肉体にとってジンタロウは異分子であり続ける。ジンタロウを守るために私はずっと免疫抑制剤を飲み続けなければならない。
しかし、どんなことがあっても一日おきに透析に通い、四時間かけて血液を浄化しなければならないことに比べれば、薬を飲むことなんか、露ほどの負担でもない。暢気に考えていた私はそれから十日もたたないうちに、自分の甘さを知らされることになる。
と記されている。また、「『花眼』No.8 あとがき」(2009年6月)の中には、
(前略)俳句による「嘘」は散文の「虚構」とは違う。季感によって呼び覚まされたイメージの連鎖は抽象的な観念やテーマを表さない。描写は伏線でも序章でもなく、そのままストーリーに直結する場合すらある。たった十七文字だからこそ、散文では決して無視することの出来ない時系列からもなんら束縛を受けず、時には言葉の整合性さえ問わないという自由を得ている。
句との出会いは、粘土のように私の言葉による表現力を捏ね直したと言えるのかもしれない。それは実験であり、模倣であり、新しい遊びでもある。小説同様、言葉による表現でありながら、散文では味わえない発見や解放感に満ちている。
とあった。そして、巻末には『花眼』全号の「表紙」「目次」「あとがき」の書影に加えて、夫君だった加藤閑の「表紙絵について」の言が収載されている。来たる8月22日(火)は、魚住陽子の三回忌にあたるという。
★閑話休題・・保坂百合子「新聞の天地揃えて配りゆくわれに確かな一人の世界」(佐々木通武『恩讐航路ー不在の輪郭』出版記念会より)・・
昨日、8月11日(金)午後2時から、佐々木通武『恩讐航路ー不在の輪郭』(北冬書房)出版記念会(於:日本基督教会館)だった。本書が出版されてから寄せられた感想、批評などを集めた文集「『恩讐航路ー不在の輪郭』/書評・随想・感想文集」も配布されるなど、熱い会だった。タイトルにした短歌は保坂百合子(俳号・東徳門百合子)「恩讐航路・八首」からのものである。愚生は、出版関連の争議団闘争のなかで知り合った人が多いのだが、もう15年以上は前のことになるので、顔は覚えていても名を忘れた人もおられた。ともあれ、文集に寄せられた執筆者は、藤田五郎「『僕』は何処に漂着したのかー『恩讐航路』の極私的感想」、宮平真弥「感想文」、島田高志「権威主義・包用・明日の風ー『恩讐航路』を読む」、小松麟太郎「ところで、お次は・・・」、T口「恩讐航路/感想文」、吉田正司「混然とした過去、そこでの不条理」等。
ウサギの日
碁盤なす地の一画にわが家あり四囲より吹きしコスモスの風 保坂百合子
南の島
体罰の理由は説かず「教え」言い理不尽を課す教師のありて
撮影・鈴木純一「秋立つや肩のトクホン皺になり」↑

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