マブソン青眼「雨・晴れ・雨・晴れ・雨・晴れや貴婦人島(マルキーズ)」(『遥かなるマルキーズ』)・・
マブソン青眼『句集と小説 遥かなるマルキーズ』(本阿弥書店)、帯の惹句には、
南太平洋の、そよ風香る/不思議な時空……
“アニミズム句集“と/“アニミズム小説“を一冊に
時が止まる/地球の果ての孤島で、/ゴーギャンとブレルが愛した
神秘の島で、/人間と人魚の/壮大なる恋物語……
無限大から無限大へカヌーかな
とある。著者「あとがき」には、
二〇一九年から二〇二〇年六月まで、フランス領ポリネシア・マルキーズ諸島ヒバオア島で一人で暮らした。もともと以前から日本社会の閉鎖性に疲れていて、ある日突如、世界で最も孤立した島に住んでみようと決めたのだ。(中略)
二〇二〇年三月十六日、島に二つしかない店のひとつに入り、いつも通りその女店員とあいさつ代わりの「頬っぺにキス」を二回交わした。彼女に「元気だけど、ちょっと風邪をひいている」と言われた。その四日後、二十日の夕方、散歩中に肺の上辺りに激しい痛みが急に出て、その後は熱、絶えない咳、そして突然始まって治まる猛烈な倦怠感・頭痛が続いた。(中略)
三月二十七日、私は寝たきりで、ほとんど肺が開かない状態で、死に支度をした。枕元に持っていた現金を全て机に置いて、「ゴーギャンとブレルと同じ墓場に葬って下さい」という遺言を書いた。諦めてホッとしたのか、二日ぶりに少し眠れた。夢の中で、妻と娘が現れた。「大丈夫だ。夏からまた日本で一緒に幸せに暮らそう!」と空飛ぶ人魚(セイレーン)たちのような姿で告げにきてくれた。(中略)
とにかく私は、ヒバオアという孤島で無季句五〇〇句と小説一本を書いた。不思議なほど、自由に書けた。(中略)
特に最も心に残ったのは、ちょうど一茶忌の日となる十一月十九日、仏領ポリネシアで初めての句会を開いたことである。こうして日本の俳句(ハイク)はついに、南洋の孤島でも、地元の人間(エナタ)によって詠まれるようになった。
Ma’ita te tai /Tani te 'eo manu/’Ena te ua Raita KAIMUKO(Hiva Oa)
海白み鳥語ひとつになれば喜雨(まぶそん訳)
ライタ・カイムコ(ヒバオア/マルキーズ語)
(第一回ポリネシア・ハイク大賞受賞)
とあった。読者諸兄姉は、小説の方は、直接、本書に当たられたい。以下は句のみになるがいくつかを紹介しておきたい。
今朝の陽射し波ごと波の上に虹 青眼
船というプロペラ付きの海亀か
マルキーズ語で「歌」をウタと言う 波笑え
警官のタトゥーに蛇あり島に蛇なし
蝶の声か三月四月五月耳鳴り
浅間からポリネシアまで鰯雲
人魚に生(あ)れイルカに崩れたる雲よ
神を信じるしかない島よ崖しかない
日の出五時日没も五時永久(とわ)の島
古代先祖像(テイキ)金子兜太の悲しき笑み
マブソン青眼(まぶそん せいがん) 1968年、フランス生まれ。
撮影・鈴木純一「山茱萸 明るくて好い人だけど」↑

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