倉本聰「青麦(あおむぎ)の しげれるまにまに はたけびと」(『破れ星、流れた』より)・・
倉本聰『破れ星、流れた』(幻冬舎)、扉裏に献辞、
隕石も 落さず散った 破れ星
「私ね、流れ星の中にはきっと、崩れ星っていうか破れ星っていうか、
流れ星にもなり切れないで散る、ゴミみたいない星があるって気がするの。
純君、私たちって、そんなもんじゃない?」(小沼シュウの語録より)
“破れ星、流れた“
とあった。そして、
おやじの匂いを不思議に覚えている。
おやじの死んだのは昭和二十七年。僕がまだ高校二年の冬で、日本はまだ敗戦から立ち直れないでいた。(中略)
おやじの遺したものは負債しかなかった。
永い間ずっとそう考えていた。(中略)
たしかに親父は物質的遺産を殆んど僕らに遺してくれなかった。しかし生まれてから十七歳まで、ともに過ごした歳月の中で、おやじは僕の気づかぬうちに、計り知れない膨大なものを遺して行ってくれたのではなかったか。(中略)
そう気づいたとき、僕は狼狽(うろた)えた。
そしてその時何故か唐突に、おやじの匂いを思い出したのだ。
おやじの匂いには枯草の匂いがした。
枯草と、そして焚火の匂いがした。
それから原野の闇の匂いがした。
という。親父とは、山谷春潮(やまや・しゅんちょう)のことである。『野鳥歳時記』を書いた人である。その父・春潮(本名・太郎)については、『野鳥歳時記』の志村英雄の解説に詳しい。それには、「春潮の次男の馨氏は、シナリオ作家の倉本聰氏である」ともあり、
さて、山谷春潮は、本名山谷太郎、明治三二(一八九九)年、父の徳次郎が、しばしば津山に帰郷していた間に生まれた。東京の開成中学、岡山の第六高等学校をへて、一九二〇(大九)年、東京大学工学部応用科学科に入学した。腎臓病で入院し、一九二五(大一四)年、二年遅れで卒業し、日清製粉に入社した。(中略)
春潮の趣味は、牧野富太郎に師事して植物採集をしたり、浜田庄司や柳宗悦の「民藝」運動にもくわわったというが、「やはり一番熱心だったのは、野鳥の会の中西悟堂氏との交遊であり、水原秋桜子先生を通ずる俳句との関わりである」と、「メモ」はいう。
とある。その『野鳥歳時記』の初版は、1943(昭18)年8月に日新書院から発行され、戦時にも関わらず、数度増刷されている。現在、上掲写真のものは冨山房百科文庫で1995年に、中央公論社による改訂版(1955年)を底本として発行されているもの。春潮による「本書の野鳥季語分類に関する趣旨」を少し引用しておきたい。
(前略)冬の季語に入っているもの
ィ、狩、鷹狩、鷹匠、擌、黐縄
ロ、冬の鳥、鷲、鷹、隼、梟、木菟、鶲、、鷦鷯、千鳥、鳰、鴨、鴛鴦、都鳥
ハ、寒雀、寒鴉、笹鳴、冬鶯、冬の雁
以上で大体網羅していると思うが、各季のイ、ロ、ハ、二などの区別は私が仮にかくその種類によって区別してみたのである。
さて、以上の季語の立て方について検討してみると、大体次のような欠点が指摘できる。
一、主要な大部分の鳥が、鳴禽類をも含めてほとんど秋に入っていること。
二、鶯、雲雀、駒鳥など鳴禽類を除いては、鳥の囀りは全部「囀り」という一語に包括されてあること。
三、主要な鳥類が多数脱落し、あるいは一眄(いちべん)しか与えてなく、必要でない、あるいは意味曖昧なものが取り入れてあること。
四、個々の鳥の習性上から来た科学的な季節(留鳥、漂鳥、夏鳥、冬鳥、旅鳥など)の区別が季語との関連において充分省みられておらぬこと。
この一一についてなお詳しく説明すると、(中略)
結果からみると、在来の歳時記の分類法に対してずいぶん思いきった改竄を企てることになったが、こうしてみて初めて、俳句分野における野鳥季語の整備が一応緒につくことができたのであって、(以下略)
と述べる。解説はさらに、
山谷の功績は、野鳥の生態に則して、従来の季語の見直しをし、新たな野鳥季節を提起したことだ。(中略)
『野鳥歳時記』の影響をもっとも多く受けたのは、山谷春潮の師、水原秋桜子だろう。秋桜子の全句を、季語別に分類・編集した『秋桜子歳時記』(水原春郎編、一九九一年富士見書房)には、山谷が提起した野鳥季語が多数見られる。また、山本健吉編の『最新俳句歳時記』(一九七一年、文藝春秋)は(中略)「鳥類魚類その他の博物全般にわたっても、今日の学問的成果を顧みないで、でたらめな扱いがなされていることを知った」としており、野鳥の季語に関しては『野鳥歳時記』の影響が見てとれる。
とあった。ともあれ、『野鳥歳時記』の春潮の句をいくつか挙げておこう。
山椒喰櫟(くぬぎ)は花を垂れそめし 春潮
青葉木菟星のおぼろの一つ見ゆ
沢風に吹きさそはれて鳴小瑠璃
夜鷹鳴き梅雨雲月を仄かにす
中空に槻(つき)の落葉と鵙の声
木々の芽に磯鵯の瑠璃羽照る
倉本聰(くらもと・そう) 1935年、東京生まれ。
芽夢野うのき「金柑の家に鳥来るすぐ還る」↑
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