安井浩司「旅人へ告ぐたんすにスルメの頭」(「現代俳句」2月号より)・・


 「現代俳句」2月号(現代俳句協会)、赤野四羽「現代俳句時評(9)」は「安井浩司と反逆の詩人」である。内容は、昨年末に刊行された『安井浩司読本Ⅰー安井浩司による安井浩司』、『安井浩司読本Ⅱー諸氏百家による安井浩司―』(金魚屋プレス日本版)に触れたものだが、その中に記されていることは、


 (前略)とはいえ安井浩司のテクスト全体へ解釈学的検討を行うのは容易なことではなく、今後の俳壇の課題となるだろう。

〈偉大な文学とはまさに能うかぎり意味を充電させた言葉である〉パウンド『詩学入門』

そこで一本の補助線となるのが、エズラ・パウンドである。パウンドはエリオットとも並んで現代詩の始祖とも呼ばれるアメリカの詩人であるが、代表作である『CANTOS(キャントーズ)』は短詩の集合体としての長編詩とでもいうべき大作であり、安井の膨大な句群との類似性を指摘する声はすでにあった。一方で安井自身のパウンドへの姿勢は明確ではなかったのだが、今回それがはっきり語られていることがわかった。(中略)

そしてラストには次のような決定的な証言が記されている。

〈捕まえようととしても捕まえられない存在ですが、ただ『キャントーズ』氏が、「オレを見上げよ」と語りかけてくる声が、この安井浩司にはたしかに聞こえるのです。『キャントーズ』氏とは、安井浩司なる俳句に対し、常にそう言って威圧してくる存在なのです。そして最後に『キャントーズ』氏はこう言い残すだろうとメモしました。「キミはオレから生まれるね」と。〉

 ここまで書かれると、安井浩司作品とパウンド、特に『キャントーズ』との関連を無視することは難しくなってくる。(中略)

 そう考えると、安井の自選句にある、

  青鷺の辺の文明は深く啄かれて

  王として皆自らや春がすみ

  夏萩や開けば国家閉じれば屋 

  砂あらしエジプト十字となる人よ

  いずれ来る天上税や麦の秋

といった句は、氏の文明批評の一端を垣間見せてくれるヒントのようにも見えてくる。(中略)

 安井は『キャントーズ』を「万生樹」と呼ぶが、樹木はカオスに見えても、生命の論理を以て繁っている。そこにつながろうとする安井俳句もまた、内なる思想と批評が秘められているはずだし、私達はその端緒にいるということであろう。

  国原や白梅定められて果つ      四羽


 と結ばれている。ともあれ、本誌本号より、アトランダムになるが、いくつかの句を紹介しておこう。


  人類の旬の土偶のおっぱいよ      池田澄子

  大寒の赦免とどかず後鳥羽院      宮坂静生

  立春や寝相よろしき淡路島       堺谷真人

  法案可決蠅追つてゐるあひだ      堀田季何

  鶏頭花満ちて新鉾辻まわし       藤川游子

  海は海鳴り山は胴鳴り雪もよひ     井口時男

  ゆめ二つ全く違ふ蕗のたう       赤尾兜子

  はくれんにきのふの影ののこりをり  永井江美子



       撮影・中西ひろ美「ふる雪と吾を隔つる硝子窓」↑

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